——千葉さんのお母様の話もうかがいたいのですが。
幼い頃に寝物語のように聞いた母マキ子のストーリーを、私はこうしたフレームワークで真正面から真剣に受け止めることはありませんでした。その認知もまた、3.11の震災・巨大津波が切っ掛けでした。
私の母方の祖父(畠山美代治)と曽祖父(直作)は、大謀(定置)網漁の大謀職(棟梁)を務めてきました。春、浜の女達はその大謀網の「初起し」で獲れた鱒を背負って、ダイダラボッチ伝説を持つ手長山(テナガサマ)に登り奉納する「山掛け」をしていました。私の母マキ子とその姉の君江は当時(1950年代)まだ10代でしたが、そのお役目を何度も努めたそうです。
——どんな意味を持った儀礼だったんでしょうか。
テナガサマの超自然的力を里海に運び,大漁を呼び込み男達とその生業(ナリワイ)を加護する海の女の「山神遊行」的な儀礼だったと思います。山がもたらす海の豊饒と引き換えに、テナガサマが巨大な手を伸ばし森の取り分として魚介を浚う巨人伝説を下敷きに、海の女たちは鱒という魂を手長山の森へと回帰させ感謝と和解をはかっていました。山(森)のものを山(森)に返し、山(森)の再生を願う、まるでシヴァのものをシヴァに返し、シヴァの蘇生をはかるかのようにです。
山と海との倫理的関係としての贈与交換、対話・コミュニケーションの回復などと、そんな事々を改めて感じた瞬間に宮澤賢治が浮かびました。山からの恵みを受けて暮らす農民たちが、狼など山の脅威と語らい和解し、粟餅(穀霊)を山々に捧げる「狼森と笊森、盗森」という作品ですが、その「魂送り」による「人と森の共生」と同様の物語を、私の母と姉妹が真剣に生き来たことに、胸が熱くなりました。
——海の女は「見えない川」だった、と。
磯場・浜辺・波打ち際という「海(水)であって海(水)でない、陸(山)であって陸(山)ない」曖昧な場を領分とする海の女は、その両義性に立つが故に、山と海を繋ぎ流れていたのではないか、と思うようになりました。鱒を背負った海の女達の背中は、鱒が遡上する一筋の見えない小さな川だったと。この見えない小さな川は、自然の秩序や摂理(生態系の縁起)を魂の循環として表現する「野生の思考」なんだと。巨大防潮堤は、こうした媒介的存在を踏み潰し、その還流を断絶して、復興や持続可能性に逆行する暴挙だと、自分の中での結論に達しました。
——AIや遺伝子工学が語る「ポスト・ヒューマン」とは、別の方向を考えていらっしゃるんですね。
AIや遺伝子工学・ロボット工学によるポスト(orトランス)・ヒューマンが模索されていますが、自己を鮭や鱒と何も変わらない存在と感じつつ、多種の魂が縁起しながら森へと向かい、森を作る。その同質の魂の流れの中に溶け込み合一して行く。そんな生き方の方が自分にとっては、魅力的で重要です。
そう思ってしまう心の底に、母たち姉妹の口承とあの西ガーツの森での、言語化以前の太古の野生を囁かれているような、肥大化した大脳皮質の不要なものが洗い流されて行くような感覚の経験があることは、恐らく確かかも知れません。
——「堆肥」というキーワードもお話の中に出てきました。
振り返れば、さんざん多種多様な動植物を殺戮して生きて来てしまいました。最期は「精神の旅立ち」などと美化するのではなく、罪滅ぼしとして、ダナ・ハラウェイが言うように「ポスト・ヒューマンなどではない、コンポスト(堆肥)であり、ヒューモス(腐植)」と成って、彼らに贈り物を届けたい。
それは、人間例外主義の一方的な殺戮幻想を越えた、被捕食者としての脆弱性を認めることですし、火葬ではなく土葬や風葬・鳥葬・水葬にされて、生命の流れに合流する「野生への回帰」でしょうし、彼らの再生への贈与ともなりたい。工学的な追求が、かなり宗教的な問題になって来るのかも知れませんし、レヴィストロースの「世界は人間なしに始まり、人間なしに終わるだろう」の警告も浮かびます。





