ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十二回となる今回のインタビューでは、ドストエフスキー作品を情動(アフェクト)理論で読み解き、いまはスラヴ地域の妖怪研究へ向かおうとしている、永田怜絵さんにお話を伺います。
美大志望から『罪と罰』へ
——本日はよろしくお願いします。永田さんはロシア文学、中でもドストエフスキーの研究者でいらっしゃいますが、子どもの頃は「理系の研究者」への憧れがあったとか。
子どもの頃に持っていた研究者のイメージは、毎日実験をしているような、理系そのものでした。文系の研究者というのはまったく思い浮かばなかったです。
——「研究」といったら、それこそ白衣を着て実験をしている姿が思い浮かびますもんね。
とはいえ、文系・理系関係なく、「新しいことを発見する」ということ自体に強い興味があったので、漠然と「研究ってなんだかいいな、かっこいいな」とは思っていましたね。
——好きだった科目はあったんですか?
特にこれが好き、という科目はなかったかもしれません。ただ、英語に関しては、小学生のときに転機がありました。
私の小学校は、1年生から英語の授業があるカリキュラムでした。5年生ぐらいの授業で英語の朗読をしたんですが、全然うまくできなかった。すごく悔しくて泣いてしまった、という思い出があるんです。
——よほど悔しかったといいますか、向上心が芽生えた瞬間だったんでしょうね。
「英語をもっとできるようになりたい」と思って、教科書の発音練習を繰り返したりしていましたね。中学校の時には、学校であったボキャブラリーコンテストで優勝か準優勝をして、トロフィーをもらったのを覚えています。
——中学・高校ともなると、そろそろ進路選択が視野に入ってくると思います。
高校時代は美術に関心があったので、美大に行きたいなとは思っていたんです。ただ、美大の学費はとても高い。学費をおさえるなら国公立の大学ですが、東京藝術大学を目指すには技術が足りないし、浪人してまで挑戦したいわけではなかった。だったら実技よりは理論を学べるところにしようと思って、横浜国立大学の教育人間科学部(※2017年に教育学部に改組)を選びました。
とはいっても、芸術系の学部というわけではなく、いわゆる教養学部のような感じだったと思います。
——ここで美術が登場することに驚きました。
現代アートに関心があったんです。特定の作家や作品が好き、というよりは、現代アートを通して「社会を疑う」という試みが、面白いし意義がある仕事だなと思っていました。
——作家や作品からではなく、現代アートの役割や社会的意義という、メタな視点で見ていたんですね。しかも、中高生のときから。どうしてそういった視点を持てるようになったんでしょう。
中学校2年生ぐらいの時に、9.11のアメリカ同時多発テロが起きました。もちろん、ビルに飛行機が突っ込んでいく映像の衝撃もあったんですが、それ以上に、大人の反応に「なんだかおかしいんじゃないか」と思ったんです。
「映画みたいだった」「アメリカであんなことが起きるなんて」と大人が口々に言っているのを、「他の国ではいっぱい起きていることなのに、なんでアメリカで起きるとそんなに驚くんだろう」と。その後もイラク戦争が始まったりして、「世の中、なんだか変なんじゃないか」という思いがますます強くなりました。
親からは「人を助ける仕事に就きなさい、たとえば医者や看護師とか」と言われたこともありました。医者や看護師さんは、もちろん、とても大切な仕事です。でも、当時の私は、「世の中全体がすごくおかしい。目の前の人だけを助けるような、小さなことをやっていちゃダメだ」と思ってしまっていた。
——社会全体への違和感があって、そこからアートに接続するのは、ご自身の中では自然な流れだったんですか?
あらゆることが、自分にとって意味がないように思えてしまったんです。じゃあ「意味があること」って何だろうと考えた時に、当時の私は「人間にしかできない活動が芸術なんじゃないか」と考えて、芸術を学ぼうと思ったんだと思います。
——さて、横浜国立大学に進学した後のことも伺っていきたいと思います。教養学部のような感じが強かった、とおっしゃっていました。
いい意味で昔のゆるい大学の雰囲気が残っていて、教授たちも自由な感じでしたね。それに、横浜国立大学人間教育科学部は、アングラ演劇で知られる唐十郎さんが教授を務めていた時期があります。その影響もあって、「就職するよりも、芸術の現場で実践したほうがいいんだ」という風潮もありました。
——いわゆる「唐ゼミ」ですね。唐ゼミから劇団も生まれていますし、たしかに、その空気に触れたら影響を受けそうです。
私もやっぱり演劇をやりたいなと思って、劇団の手伝いを少ししていたんです。あるとき、劇団の人たちで「最近何を読んでますか」という話になった時に、すごく綺麗な女優さんが「ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでます」と言ったんです。それを聞いて、「えっ、こんな綺麗な人が、なんで『罪と罰』を読むのかな」と思ってしまって。
――おお、なるほど。ここでロシア文学につながるんですね。
ロシア文学=重たくて暗い(人生教訓みたいでつまらない)、というイメージが私の中にあったので、「なんでそんな本を読む必要があるのかな」と思ってしまったんです。でも、たまたま実家にドストエフスキーの本があったので、読んでみたんです。確か、母の姉、おばの蔵書です。若いころにいろいろな本を読んでいたみたいで。
そうしたらもう、そこからハマってしまって。やめられなくなって、「これを原文で読みたい」と思って、ロシア語の勉強を始めました。
次回は、13人が死ぬ小説『悪霊』のどこに取り憑かれたのか、そして仙台から東京大学のスラヴ文学専攻に入り直すまでを伺います。






