ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第二十回となる今回のインタビューでは、教える現場での疑問を「コーパス」という言語データ分析のアプローチで解き明かし、日本語教育の新たな可能性を切り拓く、研究者の三好優花さんにお話を伺います。
導かれるように研究の道へ
——本日はよろしくお願いいたします。今回は、三好さんが日本語教育という分野にどのようにして出会い、研究者としての道を歩んでこられたのか、その原点に迫りたいと思います。
よろしくお願いいたします。
——早速ですが、先生は現在、筑波大学で日本語教育学を専門に研究されています。幼い頃から、言葉や語学に対して強い関心をお持ちだったのでしょうか。
いえ、大学に入るまで日本語教育という分野があることすら、全く知りませんでした。ただ、昔から漠然と「先生になりたい」という思いはありましたね。小学生の頃の夢は幼稚園の先生、中学生になると小学校の先生と、自分が卒業するたびに、一つ前の学校の先生になりたい、と思っていました。
——面白いですね。成長するにつれて、対象年齢も上がっていったと。
そうなんです。その流れで、大学に入った頃は高校の先生になろうかな、と考えていました。高校時代に一番好きだった科目が英語だったので、自然と英語の教師を目指すようになりました。父が海外の方とやり取りをする仕事をしていて、出張に行ったり、英語でメールをしていたりするのを子供の頃から見ていたので、英語そのものに憧れがあったんです。それで大学の進学先も英文科を選びました。
——先生になりたいという夢は、ご自身の学校生活での楽しい経験や、先生への憧れから生まれたものですか?
もちろん、お世話になった先生方が好きだったというのもありますが、それ以上に「教えること」自体が好きだったんです。私には4つ下の弟がいるのですが、小学生の頃から、私が先生役になって【ベネッセ】の「こどもちゃれんじ」を弟にやらせる、というような先生ごっこをしていました。
——早くも教える側に立っていたのですね。
算数の授業などで、問題が早く解けた子がまだ解けていない子に教えてあげる、という時間があったのですが、ああいうのも好きでした。誰かに教えて、相手から反応が返ってくるのが嬉しくて。「教えるのって楽しいな」とその頃から感じていましたね。子供が好きだったこともあり、教師という職業は常に私の将来の選択肢にありました。
——「教えることが好き」で、「英語が得意」。そうなると、英語の先生を目指されたのは非常に自然な流れに感じます。そこから、どのようにして日本語教育の道へ進まれたのでしょうか。
大学2年生の夏学期に、【全学ゼミ】という授業があったんです。その中に「日本語を教えるとは」というタイトルのゼミを見つけて。当時は英語教師を目指していましたが、同じ「語学を教える」ということで何か学ぶことがあるかもしれない、と軽い気持ちで受講してみることにしました。
そのゼミは、本郷キャンパスにある【日本語教育センター】という、留学生が日本語を学ぶ施設で行われました。授業の最終目標は、留学生の皆さんを前に、自分たちで日本語の授業を1コマ担当するというものでした。
——それは実践的な内容ですね。
はい。ゼミの参加者は十人弱だったと思いますが、二つのグループに分かれて、それぞれが担当する文型を決めました。そこから毎週、どうすれば日本語を母語としない人にこの文型を教えられるか、みんなで知恵を出し合い、先生からフィードバックをもらいながら【教案】を作り上げていきました。
——母語話者にとっては当たり前の文法も、いざ教えるとなると難しいものですよね。例えば、「私は頭が痛い」というような、いわゆる「象は鼻が長い」構文は、主語がどこにあるのか説明に悩みそうです。
そうですね。それは日本語学の世界では古くからある有名なテーマです。ただ、実際の日本語教育の現場では、「主題」といった文法用語を持ち出しても学習者は混乱してしまうので、もっとシンプルに「AはBがCです」という文の型として提示して、単語を入れ替えながら何度も練習するアプローチを取ることが多いですね。「この部屋はキッチンが狭い」というように、パターンとして覚えてもらうんです。
——なるほど。三好先生のグループは、どのような文型を担当されたのですか。
私たちが担当したのは、「〜ても」です。「雨が降っても行きます」のように使う、逆接の表現ですね。これもよくある教え方があって、まず、学習者がすでに知っている「〜たら」の文型を復習するんです。「雨が降ったらどうしますか?」「雨が降ったら行きません」というやり取りをした後で、「でも、すごく行きたいから、雨が降っても行きます」と続けることで、「〜ても」の意味合いを導入していく、という流れです。私たちもその方法に沿って、具体的な例文を考え、教案を練り上げました。
——非常に分かりやすい導入方法に聞こえます。実際の授業での、学習者の皆さんの反応はいかがでしたか。
皆さん、一生懸命に授業を聞いてくれたのですが、後で感想を聞いたら「難しかったです」と言われてしまって……。準備に力を入れただけに、うまく教えられなかったんだな、と少し落ち込みました。
同時に、自分が当たり前に話せる日本語を、全く知らない人に教えることの難しさと面白さを痛感したんです。英語であれば、自分もゼロから学んできたので、学習者だった頃の経験を思い出しながら教えることができます。でも、日本語は母語なので、自分がどうやって身につけたのか意識したことがない。だからこそ、教えるためには全く新しい視点が必要になる。そのことに気づいて、俄然、日本語教育の世界に惹きつけられていきました。この経験が、私の進む道を決定づけたんです。
——一つの授業が、大きな転機になったのですね。
はい。そのゼミが終わってしばらく経った、2年生の秋頃でした。「やっぱりあの授業は楽しかったな」と思い出して、日本語教師になりたい、という気持ちが固まりました。
次回は研究者への道について伺います。





