ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十一回となる今回のインタビューでは、「人は何を語り、何を語らないのか」という視点から、実在の人物をめぐる語りやジブリ作品の物語構造を研究する、小柳花音さんにお話を伺います。
どんな物語も同じ構造を持っている
——本日はよろしくお願いします。さっそくですが小柳さん、ご自身の研究内容をほかの人に伝えるときは、なんと言うことが多いですか?
まずは、ざっくりですが「物語の研究をしています」とお答えしていますね。
——物語の研究、と聞くと、たとえば「小説の研究かな?」と思う人もいらっしゃいそうです。
そうですね、私の研究でいう「物語」は、「人は物事をどう語り継いでいくのか」ということを表しています。そのニュアンスも含めて、お伝えするようにしていますね。
——「何かについて語る」とはどういうことか、というのが、重要な要素ということですね。
はい。特に「人がどんなふうに記憶を再構成し、いろいろなお話を追加したり外したりするのか」、というところに関心があります。人は、語るべき・語りたいと思うことと、語りたくないと思うことを、無意識に取捨選択して人に話します。その無意識のプロセスがどうなっているか、ということに注目しています。今は、「実在の人物をめぐる物語」を研究テーマにしています。
——神話の神様や伝説上の英雄ではなく「実際にいた人」というのも、ポイントになるんでしょうか。
そうですね。例えば、今は昭和中期の奄美大島で暮らしていた人物をめぐる語りを扱っているのですが、当時を知る人はすごく具体的な証言を語ってくださるんですね。でも時代が下っていくにつれ、証言とは矛盾したフィクションのようなエピソードが生まれたり、逆に全く語られなくなるエピソードが出てきたりもするんです。このような過程をみていくことで、具体的にどういった要素が語られて、どんな要素は語られなくなるのかを明らかにしたいと考えています。
——「実際にいた人」が対象だと、神話や昔話の研究とは異なる性質を持っているのでしょうか。
いえ、それが構造的に似ている部分も多いんです。例えば、神話や伝説の主人公も多くは特異な人物ですし、昔話は「むかしむかしあるところに」という決まり文句から始まりますよね。私が今扱っている人物の話でも、周りとは違う点を持っているからこそ語り継がれるのだと思いますし、住民の方は必ず「とても特異な見た目をしていた」というエピソードから語り始めるんです。こうした決まった型が生まれるところも似ていて興味深いなと思います。
——どんな物語にも似た構造があるという気づきこそが、物語研究を面白いと思った出発点だったんですね。最初にそう感じたきっかけは、何だったんでしょうか。
卒論のテーマを探していた時期に図書館で偶然見つけた、西條勉先生の『千と千尋の神話学』(新典社、2009年)という本です。
「『千と千尋の神隠し』は神話と同じ構造でできている」ということが書いてあるのですが、神話を生み出した古代の人たちと、自分が好きな映画作品が、本質的には同じ構造を持っているんだ——同じものを面白いと思っているんだ、ということにロマンを感じたのがきっかけです。
——時代も地域も違うのに、物語に共通した構造がある。いわゆるキャンベル神話学、『千の顔を持つ英雄』で提唱された「ヒーローズ・ジャーニー」が代表的ですかね。主人公が試練を乗り超えて成長していき、成功と栄光を手に入れる、という。
そうです。この本では、大きく捉えれば、ヒーローズ・ジャーニーも含まれると思いますが——主人公がそれまで過ごしていた場所から離れ異世界に行き、試練を乗り越えて帰還する、という「異郷訪問説話」との類似点を指摘しています。全体の流れだけでなく、「こんな登場人物が登場しがち」という要素も、けっこう似ているんですよね。「主人公を導いてくれる老人ポジション」とか。
——人が何かを語る時に、みんなが好きな「あるある」って、実は同じだったんだ——というところに、面白さを感じたということですね。小柳さんと私は世代が近いので、子供のころに見た最初のジブリ映画って『千と千尋の神隠し』だったりしませんでしたか?
そうなんです。3歳ぐらいの時に親に連れられて『千と千尋の神隠し』を映画館に見に行ったのですが、序盤の千尋が最初にトンネルをくぐるシーンが怖すぎて大泣きして、親に外に連れ出されたらしいです(笑)。今では大好きな作品です。
——子供のころから、そういった「物語」に関心をもつきっかけがあったのでしょうか。
思い返してみると、神話や伝記話を好む子どもだったと思います。
——学校図書館やお家で、そういった本をよく手に取っていたと。
はい。特に、伝記漫画が好きでした。近所の図書館に、小学館の伝記漫画を並べた棚があって、その棚に行ってはよく読んでいました。
あと、祖父がなんでも本を買い与えてくれる人で。祖父と一緒に本屋に行っては、伝記漫画を買ってもらっていました。今思えば、決して安いものでもなかったでしょうから、本当に感謝しています。
——最高の環境ですね。私も伝記漫画が好きでした。マリー・キュリー(キュリー夫人)の巻を一番読んでいました。
ありましたね!夫のピエール・キュリーと一緒に描かれている表紙や、本の帯まで覚えています(笑)。今の自分のルーツの一つだと思います。
もちろん伝記漫画に限らず、いろいろなジャンルを読んでいて、もう一つ、すごく思い入れがあったのが『星ものがたり』シリーズという児童向けの本です。星座にまつわる神話が、春夏秋冬の4巻にまとまっていて、これも繰り返し読んでいました。これが私の神話との出会い、原体験だと思います。
——神話は子どもにはわりと衝撃的な展開も多いですよね。家族同士で殺し合ったり、動物に変えられてしまったり。
確かに(笑)。でも、最終的には神様が星にしてくれるので、中盤のちょっとファンタジックで悲劇的な要素もあまり気にせずに楽しんでいました。あと、挿絵のイラストがとてもきれいなのも気に入っていましたね。
次回は、「神社は3種類ある」という運命の授業との出会いと、巖谷小波『一寸法師』を題材にした高校時代の卒業論文について伺います。






