ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十五回となる今回のインタビューでは、恋愛関係と美的体験という2つの主観的体験を、脳の計測によって定量的に研究されている、上田竜平先生にお話を伺います。
デザイナー志望から京大へ
——本日はよろしくお願いいたします。上田先生は、恋愛関係と美的体験という、一見結びつかない2つのテーマを脳科学の手法で研究されています。もともとはデザイナー志望だったとか。
子どもの頃から美術館に行くのが好きでした。人がなぜ美しいと感じるのか、ということには関心がありましたが、以前はそれよりも、そういうものを作りたいという気持ちの方が強かったです。特にテーブルや椅子といった、工業デザインの分野に進みたいと考えていました。
勉強はとても嫌いで、いわゆる「進学校」ではない高校を選びました。高校2年生までは、デザインの専門学校に進むつもりでいたんです。
——専門学校を受けるはずだった方が、なぜ京都大学へ進むことになったのでしょうか。
私は京都で生まれ育ったので、気軽な気持ちで高校生向けのキャンパスツアーと、京大の学園祭に行ったんです。当時は軽音楽部に所属していたので、学園祭のライブを見に行きました。そうしたら、ライブでギターを弾いている人が、ピックではなく大根でギターを弾いていて。演奏しながら、だんだん大根がすり下ろされていくんです。
——ギターで大根おろしを!?
それにすごく衝撃を受けて、そういう面白い人が集まっている大学なんだ、ということをそこで初めて知りました。専門学校とは違う道を考えてもいいかな、と、高校2年生の11月ごろから意識するようになりました。
——きっかけは大根のギターだったとして、実際に受験を決意された決め手はどこにあったんでしょうか。
高校2年生のときに、大きな出来事が2つありました。1つは、一緒にバンドを組んでいた子が、急に「俺、京大に行って大学の教授になるわ」と言い出したこと。進学校でもないですし、京大に行く人も誰もいなかったので、すごく大きなことを言っているように聞こえました。一方で、面白い人生の道だなと自分も思って、一緒に受験勉強を始めたんです。
その子は結局は別の大学・職業を志望することになったんですけれど、それが私にとってはそれまでは意識すらもしていなかった、研究者という道を選ぶきっかけになりました。今でも同窓会で会うたびに感謝しています。
——きっかけをくれた方とは、そこで進む道が分かれたわけですね。もう1つは何でしょうか。
いわゆる「進学校」には行かなかったことです。将来のことを考える時間の余裕が、かなりあったんだと思います。私の周りで京大や東大に集まっているような人たちの話を聞くと、大学に入るまでは受験勉強に時間を費やしていて、入ってからようやく将来のことを考えるようになった、と話す人が多いんです。私は高校生の頃から時間的な余裕があって、結果的に気持ちの余裕も持ちやすい生活を送れていました。それは自分にとって、いい方向に働いたと思います。
——大学に入る前提で3年間が決められている学校とは、まるで違いますね。その余裕の中で、大学では何を学ぼうと思っていたんですか。
当時はぼんやりしたイメージしか持っていなくて、美を勉強する学問といえば何だろうと考えたときに、「美」がついている美学美術史学ぐらいしか思いつかなかったんです。ただ、それまでは美しいと感じるものを作り出したいというモチベーションだったのが、もっと根源的に、なぜ人は美しいと感じるのか、どのようにして感じるのか、という理論の方に関心が向くようになっていました。
——実際に美学美術史学の授業を受けてみて、どうだったんでしょうか。
あくまで当時の私が受けた授業の話ですが、学部の授業は完全に座学で、先生が板書も資料もなしで、ひたすら90分話すというものでした。専門知識も、1回生なのに知っている前提で話す先生ばかりで、これはついていけないぞ、と。
教室の前の方に座っている学生さんは、美学美術史学や哲学に関心の強い人ばかりで、すごく楽しそうに聞いているんです。自分も勉強すればついていけるのかもしれないけれど、そういうことがまかり通っている世界で、職業としてやっていけるのか、ということを考えるようになりました。
——1回生にして、かなり厳しい目で見ていらっしゃいます。
シビアな目で見ていたと思います。当時もまだ美術館に行く習慣は残っていて、美術系の大学の卒業展にもよく行っていたんです。プロの作品だけでなく、そこに至るまでに学生さんがどういう考えで作品を作っているのか、ということも考えるようになって。ただ、それも美学美術史学と同じように、理想の姿から裏切られるような現場になっていました。
——理想の姿から裏切られる。卒業展の会場では、何があったんですか。
先生たちが学生さんの作品に批評をしているんですけれど、横で聞いていても何を言っているのか分からなくて。「それはあなたの感想でしかないですよね」と思ってしまうような批判が繰り広げられているように、当時の自分には聞こえたんです。専門知識があると全然違うんでしょうけれど、この分野で自分がやっていけるのかな、と自信をなくしてしまった体験でした。
——ご自身の勉強不足ではなく、適性の問題だと切り分けられたのが印象的です。
美学美術史学や美術のあり方に疑問を持っていたこと自体は、当時の自分にとって全然ストレスにはなっていなかったんです。それしかないと思って入学したわけではないので、何か自分により向いている世界があるなら、そっちに移ろうという気持ちでは常にいました。性格的にすごく楽観的な方だと自分では思っているので、面白くなさそう、自分に向いてなさそうだと思ったら、すぐに変えやすい性格なんです。
——では、心理学という道はどこで知ったんでしょうか。
美学美術史学がどういうことをやる学問かということを、大学に入った後に学んで、当時の自分にとってはあまり魅力的な学問には感じられなかったので、その道はやめました。でも、美しいという主観的体験に科学のアプローチで迫るやり方として心理学があるんだ、ということを同じぐらいの時期に知ったので、それで専攻を変えることになったんです。当時はちょうど、美的体験の神経メカニズムの理解を目指す分野である「神経美学」が確立されつつある頃でした。専修を選ぶのは3回生からで、最初の2年間はどこに所属しているということがなかったので、専修に移ること自体には特に苦労しませんでした。
次回は、心理学が主観的体験をどう数値にするのか、そして恋愛関係というテーマをどう選び取ったのかについて伺います。






