ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十六回となる今回のインタビューでは、南インド地域文化研究を軸に、12世紀のリンガーヤタ運動とワチャナ(カンナダ語口語散文宗教詩)の研究に取り組み、総合地球環境学研究所「環境変化とインダス文明プロジェクト」にも参加、3.11以降は気仙沼市の復興委員として巨大防潮堤建設への批判を展開されてきた千葉一さんにお話を伺います。
ワチャナが詠う流動の経済
——大学ではイギリス経済史や帝国主義を学ばれていたとうかがいました。そこからなぜ、インドの宗教や文学へと関心が移っていったのでしょうか。
一応、私は「マル経」(右派)に比重を置いていました。当時は、サミール・アミンやアンドレ・グンナー・フランクといった「中心・周辺」論が経済史ではホットなトピックスでした。先進国という「中心」が、周辺部としての「植民地=衛星」を搾取するという理不尽な構図です。でもその国際関係の中で転形された周辺・周縁というものが、マルクスの「疎外」や「労働者」、フロイドの「抑圧」や「無意識」と重複する同じようなカラクリであることにハッとしました。
イギリス経済史を学ぶ中で、その周辺として従属されたインドの社会や経済・文化・信仰に関心を持つようになって行ったのかも知れません。あの頃の自分、理屈じゃなくて、単なる偶然と勢いだった可能性もあります。
——実際にインドに留学されて、経済学はどうでしたか。
バンガロール大学大学院の経済学部に入ってみると、数式やモデルとか、新自由主義的な受け売りとかで全くつまんないんですね。インドにはインドの経済学がある筈と思っていたので、その社会的土壌としての「ヒンドゥー教」など信仰や歴史などを独学し始めました。お陰で一年落第しましたけどね(笑)。
いろいろ調べているうちに、「リンガーヤタ」という言葉が入ってきました。渡印前に読んだ辛島昇(編)『インド入門』の中で二〜三行ほど紹介されていましたが、私はすっかり忘れていました。知らぬ間に、私はそのリンガーヤタという12世紀の社会宗教改革運動の故地に暮らしていたんです。知らないって、ホント恐ろしいんです(笑)。
——偶然の一致ですね。
なんと今度は、院生寮に入ってきた新しいルームメイトが、そのリンガーヤタと関係するカースト・コミュニティの人でした。彼の名はG・シャシキラン、私の唯一の親友であり、ガイドであり、インフォーマントであり、彼の村は私の第二の故郷になりました。
その後、マイソール大学カンナダ言語文化研究所の南インド研究課程に入り、リンガーヤタ運動とそのリーダーだった「バサワンナ」がシヴァ神へのバクティ(信愛・帰依・献身)を詠った「ワチャナ」(口語散文宗教詩)に取り組み始めました。
彼らのバクティや文学には、北インドのアーリヤ的な社会体制やサンスクリット文化によって抑圧され、カースト底辺に置かれてきた南インド社会やドゥラヴィダ文化の再興という意味があります。アーリヤ人のブラフマニズムの聖典ヴェーダの言語である、上位カーストなど特権階級支配の象徴ともいえるサンスクリット語を基礎に詠われた「マールガ・カヴィタ」という様式を拒絶し、自分たちの土着の言語であるカンナダ語の「話し言葉」で自由に詩を紡ぎ、神への直接的な信愛「バクティ」を詠った文学が「ワチャナ」なんです。





