ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十三回となる今回のインタビューでは、考古学・文化財科学(考古科学・保存科学)・修復技術を横断する学際的アプローチで、シルクロード沿線の壁画の彩色技法の研究や、埴輪の彩色物質分析、オホーツク文化出土刀装具の研究など、「モノ」に直接向き合う科学的文化財研究を続ける谷口陽子先生にお話を伺います。
壊れた壺と、直せるじゃないか
修士を終えて、博士課程に進学しようと思っていたのですが、指導教官が「うつ病」のため(本当は違ったらしい)指導できない、かわりにアメリカの研究所にインターンとしていってくれ、ということとなり、ロサンゼルスのゲティ保存研究所で一年間グラデュエートインターンとして働く機会を得ました。ある夏の日、指導してくれていた金属を専門とするデイヴィッド・スコット先生が青い粒子を偏光顕微鏡にいれ、顕微鏡をのぞきながら、「これは何か分かるかね?」と私に問いました。文化財の修士課程を終えていたにもかかわらず、私は、それをみても何も答えられませんでした。すると、私の横にいた、夏休みのインターンできていた女子高生が、「これはエジプシャンブルーですね」と簡単に答えたのです。
その瞬間、大いなる衝撃と屈辱を味わいました。大学院まで進んでいながら、私は世界で最も基本的な人工顔料の名前すら答えられなかった。 さらに、追い打ちをかけるような大事故を起こしてしまいます。ベンチトップ型の蛍光X線分析装置を使ってギリシャのアッティカ土器の彩色を測定しようとした際、機械がフリーズし、目の前で装置の中に入った壺が粉々に粉砕してしまったのです。
——それは、想像しただけで血の気が引くような……。
脂汗がでました。上司のデイヴィッドは笑って言いました。「欠片がすべてあるなら、直せるじゃないか」。彼はすぐに修復専門家たちを電話で呼び寄せました。おどろくことに、1週間程度で、その土器は、きれいに修復されて戻ってきたのです。
そのときに、考古学的な情報を明らかにするためだけの科学研究ではなく、モノを直し伝えるという保存修復の仕事の重要性や意味についてもその重要性がようやくわかった気がします。
海外での経験は、技術的な面だけでなく、研究に対する姿勢という点でも大きな影響を与えました。特に印象的だったのは、問題解決に対するアプローチの違いです。研究対象に対して過度に権威的な解釈を与えるのではなく、観察と分析に基づいて柔軟に仮説を更新していく姿勢が重視されていました。
また、文化財の保存においては、単に学術的な価値だけでなく、社会的・文化的な意味も重要視されます。文化財は特定の地域やコミュニティにとって重要な意味を持つものであり、その保存には多様な視点が必要です。この点は、日本での研究環境とは異なる側面であり、視野を広げる大きな契機となりました。
こうした経験を通じて、科学的分析は単なる技術ではなく、文化財を守るための手段であるという認識がより明確になりました。
——帰国後は、具体的にどのような研究に取り組まれたのですか。
たとえば、茨城県内の那珂川、久慈川の下流の6世紀の古墳群から限定的に出土する人物埴輪に塗られた紺色物質の分析があります。この物質は長年その正体が不明とされていました。
しかし、ラマン分光分析やガスクロマトグラフィーなどの手法を用いて詳細に調べた結果、この物質は従来想定されていたような「顔料」ではなく、炭素系物質に由来する構造的な発色、具体的には針葉樹のタールを含んだ物質である可能性が高いことが分かりました。これは、既存の枠組みでは説明できなかった現象を、新たな視点から捉え直すことで理解が進んだ例といえます。そのきっかけのひとつが、私の授業を受けていた2年生の女子学生からのメールでした。 「私は書道を習っているのですが、墨の中には『青墨(あおずみ)』というものがあります。もしかしてこの埴輪の紺色は、青墨とか、瀝青というものなのではないでしょうか、青、という漢字が入っているので・・・」
彼女は、授業の帰りに自転車を漕いでいる途中でそのアイデアを思いついたそうです。私たちはそのあとで、ラマン分光分析などを行い、その結果、「炭(カーボン)」に由来する物質であったことが分かりました。
この研究では、分析手法の選択だけでなく、問題設定の仕方が重要でした。何を前提とし、どのような柔軟な仮説を立てるかによって、得られる結果の解釈は大きく変わります。
最後は研究スタイルについて伺います。





