このインタビューは全3回シリーズ
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ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第五十三回となる今回のインタビューでは、考古学・文化財科学(考古科学・保存科学)・修復技術を横断する学際的アプローチで、シルクロード沿線の壁画の彩色技法の研究や、埴輪の彩色物質分析、オホーツク文化出土刀装具の研究など、「モノ」に直接向き合う科学的文化財研究を続ける谷口陽子先生にお話を伺います。

モノから離れた瞬間、学問は虚構へ堕ちる

——研究は一人ではなく、さまざまな専門家と連携しながら進めているのですね。

私たちの探求は、一か所の遺跡や研究室だけではなく、さまざまな地域、分野の専門家たちとのネットワークで実施されています。たとえば、北海道のオホーツク文化の遺跡、目梨泊(めなしどまり)遺跡、から出土した刀の刀装具の研究をおこなっているのですが、この刀が日本で作られたものか、あるいは中国から渡ってきたものか、研究者の内部では今も激しい論争が続いています。

大学の同期でもあるオホーツクミュージアムえさしの館長、高畠孝宗さんに頼まれ、刀装具に付着した黒っぽい革のようなものを分析したところ、それは革ではなく、なんと漆の蒔絵(まきえ)の破片で、錫の粉末(白蝋粉)をつかって金色のように見せる技法であったことがわかりました。漆器の考古学的な研究を行っている岡田文男先生や、正倉院事務所にいらした成瀬正和先生、北方の古代史、刀剣の専門家である八木光則先生をはじめ、デジタル復元をご担当された日本画家の中神敬子さん、各種の化学組成分析や同位体分析、コラーゲン分析、年代測定などさまざまな専門家でチームをつくって、オンライン、オンサイト、いろいろな方法で現地とつながり、実資料の分析を進めてきました。

——なぜ、そこまでして現場に、素材にこだわるのですか。

「モノ」から離れた瞬間に、学問は虚構へと堕ちていくからです。PCの画面上のデータや、誰かが撮った写真だけを見て判定を下すのは、文化財科学ではありません。その土地の土をいじり、砂金の重みを感じ、かつての職人がどのような道具を使い、どのような環境でこれを作ったのかを、自分の肉体を通して想像する。 研究において重要なのは、実験室での分析だけではありません。実際に現地に足を運び、環境や素材に直接触れることも不可欠です。

素材の性質や加工の痕跡は、実際に手に取って観察することで初めて理解できることが多くあります。また、その土地の気候や環境を体感することで、過去の人びとの技術や選択をより具体的に想像することが可能になります。

データや画像だけでは捉えきれない情報が、「モノ」には必ず含まれています。この点を見失わないことが、研究の信頼性を保つうえで重要だと考えています。

——アフガニスタン、シリア、エジプトといった地域での保存活動にも関わってこられました。現地の状況はいかがでしたか。

紛争や自然災害によって文化遺産が深刻な影響を受けており、その保護は国際的な課題となっています。いまも、イスラエルと米国によるイラン戦争のことで、中東各地の人々が傷つき、また文化遺産も被害にあっている現状があり、大変心を痛めています。

文化遺産は単なる過去の遺物ではなく、現在の社会や人びとのアイデンティティと深く結びついています。そのため、その保存は単に物理的な維持にとどまらず、社会的な意義を含むものとなります。

科学的分析と保存技術は、このような課題に対して重要な役割を果たします。適切な方法で文化財を保護し、その価値を次世代に伝えることは、国際社会における重要な責務の一つです。

——最後に、研究者として大切にしていることを教えてください。

研究を続けるなかで感じているのは、研究者という存在が単なる職業にとどまらないということです。所属や肩書きに関わらず、「モノ」に対して問いを持ち続ける姿勢そのものが、研究者の本質であると考えています。

文化財は、一見すると静的な存在ですが、その背後には多くの情報が隠されています。それをどのように引き出し、理解するかは、研究者の問いの立て方にかかっています。

一つの資料に対して粘り強く向き合い、必要に応じて仮説を修正しながら理解を深めていく。この過程そのものが、研究の醍醐味であり、同時に責任でもあります。

考古学と文化財科学を行き来するなかで、私が一貫して重視してきたのは、「モノ」から離れないという姿勢です。どれほど分析技術が進歩しても、最終的な判断の基盤となるのは、実際の資料そのものです。

これからも、現場と実験室、そして異なる分野の知見を結びつけながら、文化財の理解と保存に取り組んでいきたいと考えています。それは過去を知るためであると同時に、未来へとつなぐための営みでもあります。