ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十一回となる今回のインタビューでは、東アジアの暦制度と権力の関係を軸に、江戸時代の暦の取り締まりや陰陽師の史料研究に取り組む博士課程研究者であり、広告営業の社会人経験を持つ異色の経歴の持ち主、小田島梨乃さんにお話を伺います。
仕事と研究、二つの世界を往復する——「新しい研究者の形」を模索して
——学部卒業後は一度、広告営業の仕事に就職されます。これほど研究が好きなら、そのまま院に進む道もあったはずですが。
このまま研究室という閉じた世界のロジックだけで生きていくのはなんとなく不安だなと感じていました。アカデミアの世界にある特有のロジックは理解できるけれど、それだけで世界は回っていない。自分でお金を稼いで、別の社会を経験してから戻ってきても遅くないと思ったんです。それで、「3年くらいしたらまた戻ってきます」と先生方に宣言して、広告営業の世界に飛び込みました。
——広告営業、激務のイメージがありますが、実際いかがでしたか。。
想像以上に激務でした(笑)。午前4時まで会社にいて、タクシーで帰り、数時間後にはまたアポイントに向かう。そんな日々でした。でも、働き始めて4、5年が経ち、「自分の人生を切り売りし続けるだけでいいんだっけ?」と立ち止まったんです。
——そこで、退職ではなく、働きながら学ぶ道を選ばれた。
当時の上司が非常に理解のある方で、私が「大学院に戻りたい」と相談した際、「働きながら行けばいいんじゃない?」と言ってくれたんです。社会人学生として入学が決まったとき、「学業を優先する」という書類にサインまでしてくれて。その上司、サインだけして4月に辞めちゃったんですけど(笑)。でも、そのおかげで首の皮一枚繋がって、修士課程にカムバックすることができました。
——そうして、「働きながら学ぶ、学びながら働く」という生活が始まったわけですが、ますます忙しくなりませんか?
忙しいことは忙しいです。でも、仕事と研究では、使う脳みそが全然違うなと思います。脳内で血が流れているところが違う感覚があるというか。
——血が流れるところが違う。具体的にはどういう感覚ですか。
以前は仕事漬けでしたが、今はどれだけ仕事が忙しくても、ゼミの発表準備や資料の翻刻をしなければならない。寝る時間がない中で準備することもありますが、そうすると逆に頭がスッキリするんです。今まで使っていなかった神経に、ちゃんと電流が流れている感覚。
——仕事のストレスが、研究で解消される……という側面もあるのでしょうか。
それはありますね。仕事は3ヶ月スパンで結果が出る「短期決戦」ですが、研究は「長丁場」です。仕事で手痛い失敗をして「ああ、ダメだった」と落ち込んでも、夜に古文書を読んでいると、「でも今日は資料を地肉にできたな、数十年後の私に繋がることをしたな」と思える。逆に研究が行き詰まっても、「まあ、仕事の方は目標達成しているし」と、自分を多角的に評価できる。二つの世界を往復することで、どちらかの世界のロジックに疲弊せずに済むんです。
——近年では、国立歴史民俗博物館(歴博)の「陰陽師(おんみょうじ)」に関する共同研究プロジェクトにも参加されていますね。
江戸時代の陰陽師の家系に残された膨大な資料を整理するチームに加わりました。周りは錚々たる専門家ばかりでしたが、私はそこでも、自分が貢献できることは少ないかもしれないけれど、せっかくの機会を最大限に利用しようと思いました。
——どのようなアクションを起こされたのですか。
研究会後の飲み会の席で、自分の研究の疑問点を先生方に質問していました。一人で悩んでいても解決しないことを、専門家の先生方に「教えてください!」と。そうしたら、「次回の研究会は、小田島さんの修論の中間報告会にしよう」とまで言っていただけて……。
——小田島さんの前のめりな姿勢に、先生たちも乗り気になってくれたんでしょうね。
研究者って、ある意味で「芸人」に近いと思うんです。待っているだけでは、ステップアップできる舞台はやってこない。自分で「私、これ書けます!」「このテーマなら面白い話ができます!」と売り込んで、名前を売って、拾ってもらう。そういう意味で、芸人とか、それこそ営業の仕事にも近いかもしれませんね。
——現在は博士課程4年目。長期履修制度を利用しながら、博士論文の完成を目指されています。その先の展望はありますか?
ずっと「仕事やめるやめる詐欺」を続けていますが、将来的には社会人経験があるからこそできる「新しい研究者の形」を模索したいです。
——具体的には、どのような活動をイメージされていますか。
いま勤めている会社には、不動産関連の事業領域もあります。デベロッパーにとって、再開発の現場から遺跡が出てくることは、事業を停滞させる「リスク」と捉えられがちです。でも、それを「見なかったこと」にするのではなく、歴史的な価値を保存しながら、企業のブランド価値も高められるような仕組みは作れないか、と考えることはありますね。
――ビジネスとアカデミア、両方の論理をうまく橋渡しできたら、面白そうですよね。
あるいは、会社員を経験したからこそできる、学術系の仕事が何かできたらいいな、とか。でも現実には、そういう仕事は決して多くない。ひょっとして、起業もありかな?とも思っています。
――仕事がないなら作ればいいじゃない、といったところでしょうか。今後の小田島さんの、ビジネスとアカデミアを往還する新しいスタイルに注目していきたいです。本日はありがとうございました!
ありがとうございました。

