ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第四十回となる今回のインタビューでは、非営利の文化事業や教育普及の領域を軸に、人々の集まる「場」やそこで生まれるコミュニケーションそのものをデザインするアートディレクター、富塚絵美さんにお話を伺います。

日常に「生命力」というバグを放つための装置づくり

——作品そのものよりも、それが生まれる土壌や、人々の生活の方に興味があったのですね。

正直に言うと、私は美術館に行って作品に深く感動した経験があまりないんです。でも、人との出会いには人生を変えるほどの影響を受けてきた。だから、私の活動の核はやっぱり「人」なんです。

谷中のプロジェクトで一番面白かったのは、展示そのものよりも、「このアート面白いから見に来てよ!」と必死に友人を誘っているスタッフの姿でした。頼まれてもいないのに、情熱を持って、他人の時間を奪ってまで(笑)、何かを勧めようとするそのエネルギー。その姿こそが、私にとっては最高のアートだと思えたんです。

——作品よりも、それを媒介する人の熱量に魅力を感じたと。

そうです。損得勘定抜きで、全身で今を面白がっているというか、自分の身体やコミュニケーション力を扱って遊んでいる状態。そういう「生き生きとした身体」や「生命力のある状態」を引き出すことが、私の演出家としての、あるいはアートディレクターとしての目的なのではないかと気づきました。

舞台の演出をしている時も、私が一番作りたいのはそういう身体でした。それを劇場の中だけでなく、日常の街の中に放ちたい。意図的な仕掛けや介入によって、人々が堂々と、生き生きと振る舞えるような状況を作り出し、街の風景を変えていく。

——劇場で訓練された俳優だけでなく、普通の人々が日常の中で「生き生きとした身体」を獲得していく。

ええ。元気な時は劇場に行けますが、本当に落ち込んでいる時はエンターテインメントを受け取る気力さえありませんよね。私は、そういう「元気のない時」にこそ機能する何かをつくりたいと思っているんです。

専門的な知識がないと楽しめないアートではなく、人々が生活の中で培ってきた「直感的な判断力」——この人は信頼できそうだとか、この食材は美味しそうだとか——その延長線上で「なんかいいな」と思えるような場を作りたい。

——そのためには、どのような工夫が必要なのでしょうか?

例えば、私が関わっているプロジェクトでは、参加のハードルを極限まで下げる工夫をしています。誰でも扱えるアルミホイルのような身近な素材を使ったり、コミュニケーションに独自のルールを設けたり。「お喋り禁止」や「意思表示にはシールを使う」といったルールを設定することで、声の大きい人やテンポの早い会話が得意な人、あるいは元気な人だけが場を支配するのではなく、誰もが安心してその場にいられるような「ゲーム的な構造」を作ります。

そうやって環境を整え、それぞれの人の持つ「違い」が魅力に変わるような、リラックスした状態で、人が本来持っている「プリプリとした生命力」が発揮される瞬間を作る。それにはものすごく手間とエネルギーがかかります。経済合理性で言えば大赤字です(笑)。

——まさに「効率」とは対極にある営みですね。

でも、そうやって「生き生きとした身体」を持った人が一人でも街に増えれば、それは伝播していくと思うんです。殺伐とした満員電車の中に、一人でもご機嫌で生命力に溢れた人がいたら。周りの人は理解できなくても、嫌じゃない感じで、予想外の出来事にポジティブなエネルギーをもらえるかもしれない。自分と地続きのところに希望があるかもって思うかもしれない。そういう「バグ」のような存在を、街の中に放つ時間を作っていきたいんです。

——最後に、これからの展望についてお聞かせください。

明治以降、日本は西洋から「近代」を輸入しましたが、その過程でこぼれ落ちてしまったものがたくさんあると感じています。アートもその一つで、生活と切り離された「高尚なもの」として輸入されてしまった側面がある。だからこそ、日本なりの、もっと生活に根ざした文化のあり方を再構築したいんです。

今は価値観が多様化し、これまでの「当たり前」が崩れつつある時代です。だからこそ、一人一人の感性を肯定し、「(世間や近代の思想と合わなくても)生きていていいんだよ」と当たり前に言えるような文化を、教育や福祉の現場、そして街の中に実装していきたい。それが、私が目指す「文化作り」です。

——富塚さんの活動が、私たちの日常にどんな「バグ」を起こしてくれるのか、これからも楽しみです。本日は素敵なお話をありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。