ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第四十八回となる今回のインタビューでは、考古学史や社会運動史の視点から知の変遷を辿り、現在は東京大学150年史の編纂に携わる、鈴木健吾さんにお話を伺います。
アーカイブの再構築――大学史編纂と「残されなかった声」
——その後、研究の拠点を東京大学の大学院に移されます。これは、より自由な研究環境を求めてのことだったのでしょうか。
そうですね。歴史学という枠組みに収まりきらない自分の関心を活かすため、東京大学大学院人文社会系研究科の文化資源学研究室の門を叩きました。「文化資源」という言葉は、文化庁や自治体でも使われるようになり、文化政策やアーカイブを扱う新しい領域として注目されていました。
——京都から東京へ。学風の違いに戸惑いはありませんでしたか。
ありましたね。まず驚いたのは、東大、特に本郷の「管理」の厳しさです(笑)。京大は24時間キャンパスに出入り自由で、夜中に謎のおじさんが歩いているようなカオスな空間でしたが、東大は門限があるし、研究室には図書管理の助教・補佐員さんがいて鍵を開けてくれる。
私のように「放っておかれると何もしない」タイプの人間には、東大のようなある程度管理された、組織的なシステムのほうが合っていたのかもしれません。
——文化資源学では、ご自身の研究はスムーズに進んだのでしょうか。
それが、ここでもまた「浮いて」しまったんです(笑)。
文化資源学には、アートマネジメントや文化政策を志す学生が多く、彼らの関心は「現在」や「未来」の文化振興に向いています。一方で、私がやっているのは、過去の学生運動や考古学者の政治闘争といった、ドロドロした歴史の話。
歴史学からは「それは歴史じゃない」と言われ、文化資源学からは「君のやってることは歴史だね」と言われる。どっちつかずの状態になり、博士課程で一度、研究に行き詰まりました。
——二つの領域の狭間で、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまった。
本当に研究者を辞めようかとも考えました。ただ、その時期に、神道の歴史などを専門にされている先生が駒場キャンパス(東京大学総合文化研究科)にいらっしゃって、ダメ元で突撃したんです。「私を受け入れてもらえませんか」と。
今考えれば非常に無礼な話ですが、そこで受け入れていただき、現在は地域文化研究という枠組みの中で、ようやく自分の関心とアカデミズムの折り合いがついたと感じています。





