ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十四回となる今回のインタビューでは、日本に在住するインドネシア人労働者の移動経験とコミュニティ形成を研究テーマに、一橋大学大学院社会学研究科で博士課程に在籍する研究者であり、技能実習・特定技能制度下で暮らすインドネシア人への情報支援・権利啓発活動にも取り組む、ワオデ ハニファー イスティコマー (Waode Hanifah Istiqomah)さんにお話を伺います。
「ズレ」から生まれた問い――孤独死、技能実習、そして研究者の葛藤
——思っていたのとはだいぶ違うスタートでしたね。とはいえ、高校生のときに日本語を学んでいたわけですし、他の生徒よりもアドバンテージはあったのではないですか?
それが、全然そんなことはなくて。高校での日本語学習は、主にアルファベット(ローマ字)ベースの教科書を使っていました。だから、文法や会話はある程度身につけていたつもりだったのですが、大学の初日に配られた教科書を開いた瞬間、凍りつきました。
そこには、ひらがな、カタカナ、そして漢字しか並んでいなかったんです。昨日までスラスラと「私はワオデです」とアルファベットで書いていた言葉が、突如として意味の分からない記号に変わってしまった。
——せっかく学んだことがリセットされた感覚というか。
まさにそうです。先生に指名されるのが怖くて、出席番号を数えながら「私の順番はいつ来るかな、来ないでくれ~」とびくびくしていましたね。
それでも、同じように戸惑いながらも切磋琢磨する仲間たちと共に、一文字ずつ日本語を学びなおしていきました。
——大学の卒業論文では、非常に重いテーマである「【孤独死】」を扱われました。なぜ、当時二十歳そこそこの学生が、日本社会の最も暗い部分とも言えるこの問題に目を向けたのでしょうか。
大学での学びは、歴史、文化、言語学と多岐にわたりましたが、私は次第に「日本の現代社会が抱える病理」に関心をもつようになりました。きっかけは、ある恩師の言葉です。「日本はインドネシアよりも社会の段階が進んでいる。今の日本で起きている社会問題は、一世代後のインドネシアでも必ず起こり得る課題だ」と。
——遠い日本で起きていることも、決して他人事ではないぞと感じたんですね。
そうです。日本で孤独死が社会問題化している背景を分析することで、インドネシア社会のの将来に起こりうるその現象の原因や背景などを理解できたらいいな、そう思って論文に取り組みました。
——大学卒業後、一度は社会人として日系企業の現地法人に勤務されました。研究者の道へ進む前の、この三年間はどのような時間でしたか。
インドネシアの工業団地にある日系企業の工場で、通訳や翻訳として働きました。立場としては業務委託のフリーランスに近く、いわば「外部の人間」として組織の内部を見渡すポジションでした。
そこには、日本での【技能実習】を終えて帰国した人たちがたくさん働いていたんです。彼らは日本での経験を、とても生き生きと話してくれました。「日本でこんな仕事をした」「日本のあの街は綺麗だった」と。当時、私はまだ日本に行ったことがありませんでしたが、彼らの語りに惹きつけられました。。
一方で、彼らが語る「ポジティブな日本」と、自分でよくよく調べてみると出てくる「技能実習制度の問題点」「搾取される外国人労働者」との間に、無視できないズレがあることも感じ始めていました。





