ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十二回となる今回のインタビューでは、中世ヨーロッパの聖遺物容器や個人的な祈りのための造形イメージ研究を専門とし、東京大学大学院での研究・助教職を経て現在は沖縄県立芸術大学に拠点を移した美術史家、太田泉フロランスさんにお話を伺います。
沖縄の洞窟と地中海の海——フィールドを広げ、「聖なるものの形」を問い続ける
——先生のお話を聞いていると、美術史という枠を超えて、人間社会の普遍的な構造に触れているような気がします。さて、現在は沖縄に拠点を移されていますが、環境の変化は研究にどのような影響を与えていますか?
沖縄に来てまだ日は浅いですが、非常に刺激を受けています。特に日本の「内地の信仰」とは異なる、独自の信仰形態に関心があります。
今、特に注目しているのは「洞窟」です。沖縄には、御嶽(うたき)のような、自然の洞窟や岩陰を聖なる場所とする文化が色濃く残っています。元々、巡礼の研究を通じて、修行の場としての洞窟や、異界への入り口としての洞窟に関心がありました。暗闇への恐怖と、そこに見出す聖性というのは、洋の東西を問わず普遍的なテーマです。
——確かに、観光地でも「江の島の岩屋」などは神秘的なスポットとして知られていますし、「ここは弘法大師(空海)が修業をした洞窟です」という伝説も日本各地にありますよね。
そうなんです。狭くて暗いところに入っていく恐怖、そこから異界へ繋がる感覚。これを「怖い場所」とするか「聖なる場所」とするか。沖縄の自然洞窟や御嶽の信仰を調査することで、西洋の洞窟聖所との比較ができるのではないかと考えています。
また、沖縄は女性のシャーマン(ユタやノロ)が重要な役割を果たしてきた土地でもあります。実はキリスト教でも、奇蹟的な幻視を見るのは女性であることが多いんです。社会構造の中で、誰が神の言葉を語り、どうやって聖地が作られていくのか。ジェンダーの視点からも興味が尽きません。
——海に囲まれた沖縄という立地も、新しい視点を与えてくれそうですね。
キリスト教世界も、実は地中海という「海」のネットワークで繋がっていました。聖人の遺体が船で運ばれ、漂着した場所が聖地になるといった伝説も数多くあります。例えば、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラも、聖ヤコブの遺体が船に乗ってエルサレムから流れ着いたという伝説に基づいています。
陸の論理だけでなく、海の論理で聖なるものの移動や信仰の伝播を捉え直すには、沖縄は絶好のフィールドだと感じています。
——これまでの欧州での研究と、沖縄での新たな発見がどう結びつくのか、非常に楽しみです。
今はまだ、この新しい環境に慣れることで精一杯ですが、頭の中では妄想が膨らんでいます(笑)。
私は「信じる」ことの当事者ではありません。でも、だからこそ、人が何かを信じて作り出したものの切実さや、そこに込められた思いや工夫の凄まじさを、客観的に、かつ敬意を持って記述したいと思っています。
そして、そこには必ず文化を超えて共通する人類の普遍的な現象というのが見いだせます。同時に、それを探求していくことで、稀に本当にその場所に固有なものというのも発見できるように思うのです。これから沖縄の地で、また新しい「聖なるものの形」に出会えることを楽しみにしています。





