ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第四十六回となる今回のインタビューでは、フィリピン諸語の緻密な構造分析から、日本で生きる人々の「継承語」という新たな領域までを鮮やかに描く、林真衣さんにお話を伺います。
日本における継承タガログ語と研究の社会的意義
——最近の研究では、日本で暮らすフィリピンにルーツを持つ人々が話す継承語(Heritage Language)へと、関心が広がっていますね。これまでのデータ中心の研究から、より「人」に近いフィールドへ移られた印象があります。
はい。これまでの研究は、いわば「本拠地」であるフィリピンで話されている言語が対象でしたが、日本社会の中で継承されているタガログ語という、より身近で、かつ社会的な接点を持つフィールドに踏み出し始めています。
——この転換には、何かきっかけがあったのでしょうか。
実は、これも非常に現実的な理由があるんです。博士課程ではフィリピンの山奥で調査をしようと考えていたのですが、フィリピンでの調査の調整の問題があったり、私自身の家庭の事情があり、長期間日本を離れることが難しくなりました。そこで、「日本にいながらにして、言語学的に価値のある研究をするにはどうすればいいか」と考え抜いた結果、辿り着いたのが継承語でした。
——なるほど、ここでも冷静な判断があったのですね。
はい(笑)。ですが、実際に始めてみると、これまでの研究とは全く違う「熱量」に触れることになりました。日本で育ちながら、家庭内でお母様やお父様からタガログ語を受け継いでいる第二世代の方々。彼らとのインタビューを通じて、一人ひとりが持つ「言語の物語」が鮮やかに浮かび上がってきたんです。
——「継承語」の研究は、言語学においてどのような意義を持っているのでしょうか。
実は継承語の研究は、ここ二十年ほどで注目され始めた比較的新しい分野です。子どもが母語を覚える「第一言語習得」や、大きくなってから別の言語を学ぶ「第二言語習得」とは異なるプロセスで、言語が変化し、あるいは保持されていく可能性がある。
例えば、日本語が支配的な社会の中で、フィリピンで話されているタガログ語と違って、なぜその表現が多用されるのか。独自の進化を遂げていると言えるのか。これは「人間はどのように言語を身につけるのか」という、言語学の大きな問いに迫るための、非常に重要なピースなんです。
——社会の中で少数派として生きる人々の「ありのままの言葉」を記述することにも繋がりますね。
もちろん、学問的な意義は大義名分として必要ですが、私個人としては、調査に協力してくださるお一人お一人のストーリーに触れられることが、今では大きな原動力になっています。「役に立つ」なんて言うのはおこがましいですが、私の研究を通じて、彼ら自身が「自分の言葉には、こんな面白さがあったんだ」と再発見するきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
——最後に、これからの展望についてお聞かせください。
まずは、研究を「続けること」です。何十年と続けていく中で、言語の話者の方々に対して最大限の礼儀を尽くし、失礼のない存在でありたい。たとえ自分自身がバチバチと情熱を燃やし続けるタイプではなかったとしても、学問的に、あるいは社会的にそれを必要としている人がいるのなら、私はその架け橋であり続けたいと思っています。
——「自分」に矢印を向けすぎず、常に他者や学問の意義へと開かれている。そのバランスこそが、林さんの研究を支える最大の強みだと感じました。
ありがとうございます。自分のスタイルを「これでいいんだ」と肯定していただけたようで、今日はお話しできて本当に良かったです。



