ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十六回となる今回のインタビューでは、南インド地域文化研究を軸に、12世紀のリンガーヤタ運動とワチャナ(カンナダ語口語散文宗教詩)の研究に取り組み、総合地球環境学研究所「環境変化とインダス文明プロジェクト」にも参加、3.11以降は気仙沼市の復興委員として巨大防潮堤建設への批判を展開されてきた千葉一さんにお話を伺います。
西ガーツの森と『音のマンダラ』
——本日はよろしくお願いいたします。千葉さんがこれまで新聞連載や著作で綴られてきた「言葉の力」がどこから湧き上がってくるのか。今日はその源流を辿るように、ライフヒストリーをじっくりとうかがえればと思います。
よろしくお願いします。ただ、正直なところ、最近はすっかり隠遁(いんとん)生活のような状態でして。日々、思考が断片化していて、適切なテクニカルタームもすぐに出てこないような状況なんです(笑)。もし言葉に詰まったら、助けてくださいね。
——まずは、千葉さんが今もなお強く惹かれているという、南インドの風景からお話しいただけますか。
私の心は、いまも南インドの西ガーツ山脈に囚われているのかもしれません。私の夢は、あの西ガーツ、カルナータカ州の人々が「マレナード」と呼ぶ、熱帯雨林が茂る「森の国」で暮らすことなんです。
一度、強烈な経験をしました。夜明け前、車で西ガーツの峠を越えカルナータカ州の州都ベンガルールに向かおうとしていた時のことです。その日の午後に帰国のためのフライトを控えていたので、少し急いでいました。前日、運転手に「ガソリンをちゃんと入れておけよ」と言ったにもかかわらず、あろうことか! 峠の辺りでガス欠を起こして立ち往生してしまったんです(笑)。
——それはまた、絶体絶命の状況ですね。
「ハァ〜ア」と溜息つきながら、静寂と闇の中で夜明けを待っていました。すると、午前4時を回った頃でしょうか。空が少し明るくなってきたら、何百、何千という鳥たちがいっせいに鳴き始めたんです。それは「囀(さえず)り」なんて生易しいものではなくて、四方八方から鳴き声が降り注ぎ、互いに重なり反響し合う「音のマンダラ」で頭の中が満たされたような、経験したことのない凄まじくも心地よい幻想的な時間と空間でした。「この夢のようなひと時が終わることなく、この音の万華鏡の中に一生浸っていたい」とさえ思いました。やがて夜がすっかり明けた頃には、鳥たちは鳴き静まりました。今でも、あの運転手には心から感謝しています。
——西ガーツは生物多様性のホットスポットでもあるそうですね。
一生を木の上で生活するカニや土の中で暮らすカエルなど、今なお新種が発見されています。でも、その大切な森が今、凄まじい勢いで破壊されています。世界はアマゾンの熱帯雨林の破壊には注目しますが、西ガーツの破壊には驚くほど無関心というか無知です。あまり問題視されることなく沈黙のままに進む「心のマレナード」の破壊を思うと、胸が締め付けられるような痛みを感じます。




