ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第四十六回となる今回のインタビューでは、フィリピン諸語の緻密な構造分析から、日本で生きる人々の「継承語」という新たな領域までを鮮やかに描く、林真衣さんにお話を伺います。

自己のアイデンティティと言語学への門出

——本日はよろしくお願いします。いきなりですが、林さんはSNSなどで「maimaimaingay」というIDを使われていますよね。調べてみたところ、タガログ語で「騒がしい」といった意味を持つ言葉だとか。冷静に言語を分析する学者のイメージとは少しギャップがあるように感じたのですが、この名前にはどのような思いがあるのでしょうか。

実はこれ、大学に入学したばかりの頃、Googleのアカウントを作る際に深く考えずに設定したものなんです。当時の私はデジタルなシステムにも疎く、周囲の友人たちが「それでいいじゃん」と面白がってくれたのがきっかけでした。

ただ、今ではこの名前に非常に愛着を持っています。一つには、自分自身がどこか「個性的な人間でありたい」という願望を持っていること。一方で、根は少し変わっている自覚はありつつも、自分の内面を外に出すのがあまり得意ではないという面もあります。あえて「騒がしさ」を象徴する言葉を身に纏うことで、自分のパーソナリティをそちらの方向に持っていけたらいいな、という一種の指針のような意味も込めています。

——「騒がしい」という名前を、内向的な自分へのカウンターとして置いているのですね。子供の頃から、周囲と違う自分でありたいという感覚はあったのでしょうか。

中学・高校生くらいまでは、それほど強く意識していたわけではありませんでした。むしろ、その頃の方が周囲から「変わっているね」と言われることが多くて。私自身は、その評価をどこか心地よく受け止めていました。

大学に入ってからは、逆に周りに個性の塊のような人たちが溢れていることに気づき、「自分はそれほど変わっていないのかもしれない」と思うようになったんです。外大という場所は、放っておいても濃い人たちが集まってきますから。だからこそ、埋没しないように「そうありたい」という理想がより強まったのかもしれません。

——高校生の頃には、すでに外国語を学ぶことが明確に好きになっていたのでしょうか。

はい。キリスト教系のミッションスクールに通っていたこともあり、選択授業でフランス語を週一回、二年間ほど学んだりしていました。当時は「日本で楽しく生きていこう」という漠然とした気持ちが強かったのですが、外国人の友人と接したり、勉強したことのない言語に触れたりするうちに、少しずつ視界が外へと開かれていきました。

休み時間に世界の言語事典のような百科事典を、図書館で夢中でめくっていた記憶があります。その時はまだ、自分が将来、言語学という道で博士号を目指すことになるとは夢にも思っていませんでしたが、自覚していた以上に、言語というシステムそのものにのめり込んでいたのだと思います。