ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第十八回となる今回のインタビューでは、「復元模写」という実践的なアプローチで、文化財の新たな価値と可能性を切り拓く、画家の中神敬子さんにお話を伺います。
絵が語り出すまで
——「古いものが好き」という根源的な感性が、模写という営みとしっくり合ったのですね。特に、過去の姿を蘇らせる「復元模写」の面白さとは、どのような点にあるのでしょうか。
先日、東京大学駒場博物館で開催された『Reproductions 日本美術の復元・複製・修復』という展覧会で、私たちが手がけた月次祭礼図屏風の復元模写を展示していただきました。この屏風の原本は室町時代に描かれたものですが、現存しておらず、江戸時代に作られた写しが東京国立博物館に所蔵されています。写しであるために一般的にはあまり知られてはいませんが、応仁の乱以前の京都の様子が描かれた唯一の作品で、都市、風俗、美術史の分野においても大変価値のある資料でもあります。
——原本はなく、江戸時代のコピーだけが残っている、と。
はい。私たちは、その江戸時代の写しをもとに、室町時代の姿を復元するという作業に挑みました。当然、江戸時代と室町時代では、線の描き方、特徴が異なります。
——絵の線を見ただけで、時代の違いが分かるのですか。
ええ、専門家が見れば分かります。私たちは美術史家ではありませんが、それでも日頃から多くの作品に触れていますので、ある程度の違いは見て取れます。その江戸時代の線を、原本と同じ時代の屏風や絵巻を参考にしながら、「室町時代の線」に変換していくわけです。
——つまり、現代人の手で、江戸時代の写本を室町時代のスタイルに翻訳し直す、ということですか。
おっしゃる通りです。それはもう、大変な作業です。そもそも、屏風という形式のものは、生活空間で使われる消耗品だったため、室町時代の作例は10点ほどしか現存していません。残されたわずかな作例や、同時代の絵巻を徹底的に調査し、全体の絵画様式、描かれている人物の着物の色や文様、道具の形など細かなところまでもを一つひとつ考証しながら再現していきます。
——それは技術者だけでは完結しない、学術的な共同作業ですね。
まさにそうです。このプロジェクトでは、美術史の先生方、特にこの時代の絵画を専門に研究されている先生に監修していただき、いわば先生の頭の中にある「空想の室町時代」を私たちが形にしていくような側面もありました。それだけでなく、歴史学や文献史学の専門の先生方にもプロジェクトに加わって頂きました。
面白いことに、プロジェクトに関わってきた歴史学の先生が私たちが完成させた復元模写を見て「こういうことだったのか」と新たな発見をし、この屏風の発注者が誰であり、どのような意味合いのある屏風であったかを紐解いて発表されています。
——復元された「モノ」が、新たな研究のインスピレーションを生んだのですね。
もちろん、私たちの復元が唯一絶対の正解というわけではありません。原本がない以上、ある種の空想であることは事実ですし、批判的なご意見もあります。しかし、出来上がったものを通して新たな問いが生まれたり、議論が活発になったりするという点では、非常に意義のある事業だったと感じています。
——技術的な正確さに加え、歴史的背景や当初の制作意図を理解することが、線の質を変える、ということでしょうか。
それは間違いなくあると思います。ただ、どれだけ知識を詰め込んでも、最後に頼りになるのは、本物を見た時の感動です。同時代の絵巻などが展覧会に出品される際には、可能な限り足を運び、間近で見るようにしています。本物の線が持つ生命力、勢いは、本当に凄まじい。生まれた時から筆で線を引くことが当たり前だった絵師たちの筆致は、現代の私たちが真似をして描く「写しの線」とは、根本的に違うのです。
その圧倒的な差を前に、愕然とすることもあります。でも、その感動が薄れないうちに、写真やデータを見返し、少しでもあの生きた線に近づけるようにと、ひたすら筆を動かすしかありません。
——その再現の過程で、描き手である中神さんご自身の個性や「自我」は、どのように扱われるのでしょうか。
なるべく元の絵の特徴に寄せる、というのが大前提です。ただ、特に人物の顔などは、どうしても描き手の癖が出てしまう部分はありますね。そこは常にせめぎ合いです。技術者として、いかに原画に寄り添えるか、という挑戦でもあります。
——これまでで、特に印象に残っているお仕事はありますか。
数年前、サントリー美術館で開館60周年を記念する『聖徳太子 日出づる処の天子』という展覧会がありました。その中で、私たちが5年がかりで制作した、愛知県安城市・本證寺に伝わる鎌倉時代の聖徳太子絵伝の現状模写を展示していただきました。その展示では、私たちの模写作品の隣に、オリジナルの原本が並べられたんです。
——模写と本物が並べて展示される、というのは珍しいですね。
ええ。普通に考えれば、その差は歴然のはずです。正直、怖いですよね。でも、会場の少し薄暗い照明の中で見た時、どちらが模写でどちらが原本か、制作した自分ですら一瞬分からなくなるほどでした。キャプションも模写という文字は小さく、模写作品の所蔵先を示す「安城歴博本」という書かれ方をしていました。多くの鑑賞者の方々は、おそらく区別せずにご覧になっていたと思います。あの時は、自分たちの仕事に静かな感動を覚えました。現状模写としては、一つの理想形に近づけたのではないかと。
——それは作り手として最高の賛辞ですね。学術的な価値を担保しつつ、人の心を動かす。その両立が、この仕事の醍醐味であり、難しさでもあるように感じます。
そうですね。特に復元模写は、時に学術的な論争のきっかけにもなります。研究者の先生方からすれば、考証の裏付けが何よりも重要です。しかし、私たち制作者側は、たとえ少し空想が入ったとしても、最終的には「美しいもの」として完成させたい、という強い思いがあります。見た人が、理屈抜きに「すごい」と感じてくれるものであってほしい。それは、自分自身の創作活動でも、模写の仕事でも、変わらない願いです。
——「美しい」という価値が、まず中心にある。
はい。歴史を振り返っても、優れた美術品は、その時代時代の人々が「美しいものが欲しい」「こういうものが欲しい」という情熱や願いを込めて作らせてきたものです。それが受け継がれて、今私たちの目の前にある。だからこそ、まず人の心を動かす力、感動させる力がなければ、意味がないのではないか、と思うのです。絵そのものが、作り手に代わって多くを語ってくれる。私たちは、そういうものを作り続けたいと考えています。





