ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十五回となる今回のインタビューでは、名古屋大学大学院情報学研究科を拠点にAI倫理・動物倫理の学際研究に取り組み、動物倫理学会の立ち上げや行政・専門家委員会への働きかけを通じて社会制度の変革を目指す、竹下昌志さんにお話を伺います。
シンガーとCHAIN——孤独な独学から越境へ
——感情的な反発ではなく、その「論理の穴」に衝撃を受けたと。
そうです。私なりに「いや、人間と動物は違うだろう」と反論を試みても、相手の出す論理の方が圧倒的に強固だった。自分の負けを認めざるを得なかったんです。そこで議論の拠り所として名前が挙がっていた哲学者、ピーター・シンガーの『実践の倫理』という本を、大学の図書館で検索しました。ヒットしたのはその一冊だけ。それを借りて読んでみたことが、私の決定打になりました。
それまで、倫理とは「人それぞれの主観」や「マナー」のような、ふわふわした相対的なものだと思っていました。でも、シンガーの著書にあったのは、数学や工学のように緻密で、一度前提を認めたら逃げ場のないほど合理的な論理構築でした。工学部出身の私にとって、その「一直線な合理性」は、これまで受けてきたどんな人文学の講義よりも馴染み深く、信頼できるものに感じられたんです。
——工学的な思考回路が、そのまま倫理学という強力な「武器」に変換されたわけですね。
ただ、当時の九工大は工学部単科のキャンパスで、周囲に哲学を語れる相手は一人もいませんでした。大学の教養科目の倫理学もありましたが、担当の先生がアウグスティヌスの専門家だったのか、講義は延々と古代ギリシャの話で、アウグスティヌスあたりで学期が終わってしまう(笑)。「ちょっと待ってくれ、私は今まさに起きている現代の論理を知りたいんだ」と。別の先生は実用的な「クリティカル・シンキング」に寄りすぎていて、私の渇望を満たしてはくれませんでした。
結局、私を救ったのは図書館とインターネットでした。九工大の図書館には人文学の本が少ないので、地域の公共図書館を巡り、Amazonのレビューやネット上の有識者のリストを片っ端から調べました。飯田隆さんの『言語哲学大全』のような、分析哲学の巨大な体系にぶつかり、そこから引用文献を芋づる式に辿る。エンジニアが新しいプログラミング言語の公式ドキュメントを読み解き、GitHubでコードを追うように、哲学の体系を独力で構築していったんです。
——工学部の学生がたった一人、孤独に哲学の海を泳ぎ続けるのは、相当に過酷な作業だったのではないでしょうか。
孤独ではありましたが、私にとってはそれが「デフォルト」でもありました。AIの研究分野というのは進歩が恐ろしく速く、数年前の教科書すらすぐにカビが生えてしまう。だから、常に最新の論文という「一次情報」に直接当たり、自分でコードを動かして確かめるのが当たり前の文化なんです。そのエンジニア的な情報摂取のスタイルを、そのまま哲学や心理学の読解にも持ち込みました。
転機は大学院進学を考え始めたタイミングです。Twitterで「AIに道徳を教えたい」と、当時はまだ半分夢物語のような野望を呟いていたんです。すると、ロボット倫理の翻訳も手がけられている岡本慎平先生からリプライをいただきました。「北海道大学にジェッカ・ラファウ先生という、まさにそれを実装レベルでやっている人がいるよ」と。驚きました。日本にそんな研究室があったのか、と。私はすぐにコンタクトを取り、北大の大学院へ進学しました。
合格通知を受けてから知ったのですが、北大には人間知・脳・AI研究教育センター(CHAIN)という組織がありました。工学と人文学の研究者が同じ場所で議論する、まさに私が探し求めていたような環境との、意外な出会いでした。CHAINを通じて哲学科の学生やさまざまなコミュニティとつながっていったことが、今の共同研究にもつながっています。
——そこでの学びは、それまでの独学の日々と何が違ったのでしょうか。
入学と同時にコロナ禍が始まり、期せずしてオンライン読書会が爆発的に増えたことが最大の転換点でした。当時は狂ったように参加していましたね。週に10回、多い時は一日に3回も読書会をハシゴしていました。一日の大半をレジュメ(研究発表用の要旨)作成に費やす日々です。そこで初めて、「文系のプロの研究者や哲学専攻の学生が、一冊の本、一本の論文をどう読んでいるか」という流儀を目の当たりにしたんです。
——「読み方」の流儀。それはエンジニア的な読み方とは別物でしたか。
全く違いました。AI系の論文はIMRAD(Introduction(序論)、Methods(手法)、Results(結果)、Discussion(考察)の頭文字をとった形式)が徹底されていて、構造が一直線なんです。「図表と結論だけ追えば、イントロは飛ばしても内容は大雑把に把握できる」というのが私たちの常識でした。でも、人文学の文献は違う。著者がわざと用意した寄り道や、脚注に忍ばせた複雑な想定反論の連鎖、その思考のプロセス全体に意味があるんです。
最後はAIと動物倫理の接点、そして社会制度への直接的なコミットメントについて伺います。





