ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十七回となる今回のインタビューでは、19世紀イギリス文学を専門に、シェリダン・レ・ファニュ『カーミラ』のヴァンパイア表象を「利己性」という観点から読み解き、文学と美学を横断する「美と恐怖」の研究を志される、鏑木綾乃さんにお話を伺います。
誰かの心を動かす仕事へ
——その感覚だと、むしろ大学の研究——対象を突き離さないといけない瞬間って、やりづらかったりしなかったんでしょうか。
私はヴァンパイアが好きですが、研究対象として嫌いにはならなかったように感じています。研究するにあたっては、必ず対象に関して批判的な文章も読まないといけないと考えているのですが、ヴァンパイアはそれに自分が耐えられる存在だったのではないかと思います。
私は大学に入ってからK-POPに没頭し、表象文化論の視点からK-POPアイドルのビジュアルについて研究するのもありかなと思っていた時期もありました。しかし、もしK-POPの研究をするとなったら、対象を批判しているコメントや論文についても読まないといけないのかな、というのを考えたときに、それ、私絶対耐えられないな、と思ってしまいまして。対象への愛情を持つことは大切ですが、適切な距離感を持って接することができるのが文学であったように感じています。
——そこから大学院博士課程には進まず、就職を、という選択に至った経緯も聞かせてほしいです。
今、若いうちに研究をするのは難しいなと思ったのは、やはり指導してくださっている先生方や年代の近い修士や博士の先輩が研究に没頭する姿を見て、圧倒されてしまったのが大きいかもしれません。先輩方が身につけた知識量や論理立てた喋り方に毎日舌を巻く思いで、非常勤もやりつつ自分の研究に奔走する姿を拝見して、自分がこんな偉大な人々と同じ土俵に立つことができるのか、と大きな不安を抱きました。研究は、知識や経験を沢山得ることは当然として、それを使ってできた自分の論理をまとめ上げて、それで成果を挙げて稼いでいく、ということに途方もない難しさを感じました。
そして、私が何かしらの研究をしたとして、それで誰かに感動を生むことができるのかな、誰かの役に立つのかなと強い迷いが生じたことも挙げられると思います。自分のやりたいことをやり続けるだけで良いのだろうかと疑問が生じたことも、就職に押し進めた理由の一つであると思います。
——「感動を生む」という言葉が印象に残ります。そこが結構大事な軸なのかなと。
もちろん、研究で感動を与えられないとは思わないのですが、やはり研究と名のつくものは「象牙の塔」に収まってしまうきらいがあるように思います。もし私が研究で成果を挙げて学会や専門領域では認められたとしても、家族や社会の人々の関心が向くかと言われたら、おそらく違うかもしれないと思うようになりました。自分が研究の一端を担っている人文学の面白さを、社会にどうやって発信していくかを考えた時に、ただ研究の場にいるだけでは難しいのかもしれないと思い始めました。そこで、就職という進路に舵を切ることを決めました。
——そのうえで、今後、人文学とどう関わっていきたいと考えていらっしゃるのか、ぜひ聞かせてください。
22年間の人生を振り返る中で、自分の人生の目標として「誰かの心を動かすことがしたい」っていうのがあるのではないかと思いつつあります。誰かの心を動かし、感動を生むことで、自分も嬉しい気持ちになれる。自分はそんな人間であるような気がしています。
この人生の目標と人文学を結びつけるとすれば、もし、人文学を通じて何かしら書籍やオンラインのコンテンツを提供できたとして、それが誰かの心を動かす、誰かの人生を変えるひとつの手立てになってほしい。そういった意味で、人文学とずっと関わっていきたいなと思っています。
——今、就活ではどういう業界を見ていらっしゃるんですか。
メインで見ているのは出版社です。私は、主体的に動くことも好きですが、誰かのサポートをしたり、献身的に何かをやったりすることにもやりがいを感じています。新しい価値を生み出す仕事、つまり、自分から発信もするし、価値を生みたいって思っている人を後押しするような仕事に興味があります。
ただ、現段階ではまだ業界を絞り切らずに、メーカーや公務員も視野に入れて色々な仕事を見ているつもりです。ヴァンパイアの文学は大好きですが、それを仕事にするのはなかなか難しいものがあるので(笑)、研究対象から距離を持って仕事をする方が、逆に興味関心を持って取り組めるかもしれないと思ったりもします。





