ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十七回となる今回のインタビューでは、19世紀イギリス文学を専門に、シェリダン・レ・ファニュ『カーミラ』のヴァンパイア表象を「利己性」という観点から読み解き、文学と美学を横断する「美と恐怖」の研究を志される、鏑木綾乃さんにお話を伺います。
ファンタジーへの没入の原点
——具体的な進め方を聞くだけでも発見がありますね。そもそもどうして鏑木さんがこのテーマに出会ったのでしょうか。
私は元々、ファンタジーの小説がとても好きで、幼少期からずっとヴァンパイアの物語にロマンを感じていたように思います。最初にヴァンパイアの文学に触れたのは、『ダレン・シャン』という長編のヴァンパイアの少年の物語でした。また、それ以上に読書が好きな子供で、小学校の頃は講談社青い鳥文庫の600ページぐらいの長編を一日一冊読むのを楽しんでいました。
そして、高校から大学に至るまで、文学に加えて美術にも興味を持つようになりました。私は地元が富山で、大学進学を機に東京で暮らし始めたのですが、東京の面白い美術館を渡り歩いていくうちに「この作品はどのように作られたのか」「この作品はどのような背景があるのか」「この作品を見た人はどう感じているのか」といったことに興味が湧き、芸術の研究をしてみたいと思うようになりました。しかし次第に、芸術だと、どうしても鑑賞者側の視点に寄ってしまうところがあるのではないかと思うようになりました。つまり、もし芸術の研究をするとして——私も絵画をやっていたことはあるのですが——鑑賞者として芸術を見る度合いが大きい以上、新しい解釈や研究の成果を投じるのが難しいのではないか、と感じるようになったのです。
それで、幼少期から大好きだったヴァンパイアの世界に舞い戻ってみました。『カーミラ』に触れたきっかけは、高校時代に読んだ『ガラスの仮面』という漫画でカーミラを扱った作品(作中劇「カーミラの肖像」)が出ていたことです。大学に入って「そういえば『カーミラ』は元々どんな話だったんだろう」という具合に『カーミラ』のことが気になり、初めて原文を読んでみて、原作もとても面白いと思い、研究対象として扱うことを考え始めました。
——絵画はご自身でも描かれていたんですか。
小学校から高校ぐらいまで、絵画教室に通ってずっと油絵をやっていました。その経験を生かして、大学に入ってから絵画を見ても、タッチや色合いを分析的に見る視点を持つことができていたように思います。
——ご実家の環境も気になりますね。本が好きになるきっかけのようなものは。
家族親戚一同読書家だったように思います。家では父も母も大きな本棚を持っていて、二人ともミステリーが好きだったので、本棚から適当に抜き取って読んでいくのが日常だったように思います。
——数ある本のなかで、ダレン・シャンやヴァンパイアに引かれた理由って何かあるんでしょうか。
私は自分で言うのもなんですが、かなり真面目な性格でして。小学校の時は、人前でも勉強を頑張ってしまうタイプの子供だったので、その真面目さを褒められたりも、軽くからかわれたりもしていました。だからこそ、「真面目な自分からの逃避」としてのファンタジー、みたいな位置づけがあったのではないかと思っています。また、本屋さんで本を読んでいる時にふと眼を上げると、自分のまわりの世界が一瞬時が止まってしまったかのように感じたり、世界から自分が取り残されてしまったかのように感じたりする経験が誰しもあると思います。単に、現実から切り離されてしまう感覚への陶酔っていう理由で、ファンタジーのジャンルに行ったのではないかと思います。
——それが大学受験につながるところがあるのか、気になります。
ファンタジーの没入っていう意味では、東大受験の国語の文章題においても、物語に没入してしまう癖があったように思います。多分、他の友達とかはもっと、ケーキを切り分けるみたいに「文章をモノとして捉える」ことが多かったと思うのですが、私は国語はもちろん、社会の論述などでも、その背後にある物語を考えてしまっていました。例えば、和歌山のみかんについての問題があったとして、他の人にとっては単に知識でしかない事例であっても、みかん農家さんがどれほど頑張ってみかんを生産しているのかな、といった背景を想像して、想像が止まらなくなってしまいがちでした(笑)。
最後は、なぜ「K-POP」ではなく「ヴァンパイア」を研究対象に選んだのか、そして博士課程に進まず就職を選んだ鏑木さんの、人文学との今後の関わり方について伺います。





