ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第五十七回となる今回のインタビューでは、19世紀イギリス文学を専門に、シェリダン・レ・ファニュ『カーミラ』のヴァンパイア表象を「利己性」という観点から読み解き、文学と美学を横断する「美と恐怖」の研究を志される、鏑木綾乃さんにお話を伺います。
カーミラの『利己性』を読み解く
——まず、鏑木さんがどういった研究をされているか、伺ってもいいですか。
私の研究対象は、19世紀のイギリスにおける、ホラーやファンタジーといった文学作品です。特に興味があるのは、小説に見られるヴァンパイア(吸血鬼)の描写についてです。
卒論では、アイルランドの小説家であるシェリダン・レ・ファニュが書いた『カーミラ』(1872)という小説を扱いました。『カーミラ』は、森の奥の古城に父と住んでいる人間の女の子と、その城に訪れた女性のヴァンパイアであるカーミラが交流する様子を描いた物語です。作中には、カーミラは自身のヴァンパイアという正体を隠し、吸血対象たる女の子の生気を得るために、女の子を魅了するかのような態度を取ったり誘惑的な台詞を喋ったりして近づこうとする場面が多くあります。このようなカーミラと女の子の様子から、現代の研究者の間では「『カーミラ』は女性の同性愛を描いた物語である」という解釈が広く唱えられています。しかし、私はそこに疑問を抱きました。
——そこに疑問を投じられた、というのは気になりますね。
もちろん、私自身も女性同性愛の読みに納得するところが多く、とても興味深い解釈だと感じています。一方で、その読みで拾い切れない部分にも『カーミラ』の面白さがあるのではないかと考えました。具体的には、誘惑されている女の子が、決してカーミラの誘惑に応えているわけではなく、物語に一貫してカーミラをどこか怖がっていることに着目しました。そして、女性同性愛の読みが生まれるより前、つまりこの作品が書かれた時代にはどのような解釈がなされていたのかが気になり、一旦現代の文脈から切り離して、1870年代当時の読み方を探究していくことにしました。
そして、卒論では、当時の読み方を精査した上で、カーミラの魔物性を構築するものは彼女の「利己性」であるとまとめました。つまり、カーミラが誘惑な身振りや手振りをとっているのは、相手を取り殺したいという利己的な欲望を見せないようにするために行っているのではないかという結論を提示しました。
大学院では、ヴァンパイアが登場する作品についてより範囲を広げて研究したく思っています。特に、「美貌」を有しているヴァンパイアが物語の中でどのように描かれ、どのように魔物として機能しているかを探ります。これにより、「美と恐怖」の境界、つまりヴァンパイアの見た目の美しさと魔物としての恐ろしさのせめぎ合う部分はどのように表現されているかを探っていきたいです。私はもともと、物語の中で美的表現が使われているのかといった、物事の美の側面について考えるのが好きでした。ヴァンパイアの研究を通じて、文学作品に見られる美しさの表現という、文学と美学のジャンルを横断した研究をやってみたいとも思っています。
——研究の進め方も気になります。具体的にはどうされているんですか。
私は卒論において、二つの研究の柱を意識しました。一つ目の柱は、既存の女性同性愛の読みに対する疑問点を投じるというものです。二つ目の柱は、自分の読み方、つまりカーミラの魔物としての恐ろしさは何かを打ち出すというものです。
一つ目の柱を築く作業は、女性同性愛の読みを取っている文献をひたすら集めて読むことから始まりました。そして、いくつかの文献について自分が疑問を感じたところをマークして、『カーミラ』原文を引用して文献の解釈に疑問を提示する、ということを繰り返していきました。
二つ目の柱を築く作業は、原文を読んで、ヴァンパイアたるカーミラがどう描かれているかを抜き出し、彼女がどのような言動を取っているのかを分析し、自分の言葉でまとめていくものです。また、カーミラの魔物性に触れている先行研究を読み、論理の補強のために参照しました。また、指導教官から、当時の文脈について知りたいなら、当時の書評が有効なものであるとご教示いただいたため、当時の新聞に見られる『カーミラ』の書評についても大いに参照しました。
——それは、現地に足を運ぶんですか、それともオンラインで読めるものなんでしょうか。
British Library Newspapersという、19世紀当時の新聞をスキャンしてオンラインで参照可能なものにしているデータベースがあったので、それを活用しました。また、Gale Literatureという、イギリスの論文に特化したデータベースもあり、英語論文を探す上ではそういったオンラインの資料も利用しながら、情報収集を行いました。
次回は、『ダレン・シャン』や『ガラスの仮面』など、鏑木さんがヴァンパイアと出会うまでの読書体験と、ファンタジーに没頭した幼少期について伺います。




