ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第三十九回となる今回のインタビューでは、オペラとマンガを横断する「アダプテーション(翻案)」の可能性を追究されている、笠原真理子さんにお話を伺います。
オペラへの入り口と「椿姫」との出会い
——本日は改めて、笠原さんが現在の研究テーマである「オペラとアダプテーション(翻案)」に至るまでの物語をうかがいたいと思います。
こうして自分の歩みを振り返って話すのは初めてかもしれません。少し照れくさいですが、よろしくお願いします。
——まずは、笠原さんのルーツからお聞きしたいのですが、昔から研究者志望だったのでしょうか。それとも、音楽や芸術がお好きだったのですか?
実は、入り口は完全に「漫画」なんです。漫画が大好きで、『ヒカルの碁』と『犬夜叉』には特にハマっていました。中学受験の前日まで、塾の先生や親に隠れて読んでいたくらいで(笑)。受験が終わってからはその反動で、さらに漫画熱に拍車がかかりました。
ただ、私が通っていた中学高校は、校内への漫画の持ち込みは許されているものの、「読むのは禁止」だったんです。
——持ち込みはいいのに、読むのは禁止ですか(笑)。それはまた、不思議なルールですね。
当時は見つかったら即没収なんですが、袋に入れて見えないように持ち歩く分にはいいというルールがありました。ところがある日、図書館の棚に里中満智子先生[1] … Continue readingが描いた、オペラを題材にした漫画シリーズが並んでいたんです。
——学校の図書館に、ですか。
そうなんです。「これは学校公認で堂々と読める漫画だ!」と飛びつきました(笑)。
少しさかのぼると、もともと私は幼稚園の頃からお姫様の物語が好きで、マリー・アントワネットやクレオパトラの伝記漫画などは本が擦り切れるほど読んでいました。小学校の図書館で『椿姫』というタイトルの本を見たときに、「椿の花飾りをいっぱいつけたお姫様の話かな」とワクワクして手に取ったことがあったんです。でも、読んでみたら、冒頭部分からイメージが全然違ってショックを受けたという苦い記憶がありました。
ところが、中学校の図書館で、その里中先生の漫画シリーズの中に再び『椿姫』を見つけて。「あの時の椿姫が漫画になってる! しかもオペラ作品なんだ」と読み始めたら、これがものすごく面白くて。ストーリーのドラマチックさに夢中になり、シリーズ全巻読破してしまいました。
——なるほど。オペラそのものへの興味というよりは、まず「漫画として面白かった」というのが入り口だったんですね。
完全にそうです。そこから里中満智子先生のファンになり、ギリシャ神話や古代日本など、先生が描く世界にどっぷり浸かっていきました。
それと時期を同じくして、中学の時に赴任してきた古典の先生の影響も大きかったですね。若くておしゃれな先生だったんですが、趣味が「歌舞伎鑑賞」だとおっしゃるんです。「こんな素敵な先生が、歌舞伎なんて渋いものを?」と最初は驚きました。
それまで古典芸能やオペラといったものは、お年寄りが楽しむもので、私たちには縁遠い世界だと思い込んでいましたから。
——確かに、中学生にとっては敷居が高いイメージがあります。
でも、その先生が授業の合間に楽しそうに歌舞伎の話をしてくれたり、「カッコいい女性が活躍する私の推しストーリー」をまとめた補習プリントを配ってくれたりして(笑)。そこで、「古典芸能って、実は今の私たちが読んでいる漫画やお芝居と同じように楽しめるエンターテインメントなんだ」と気づかされたんです。その体験が、漫画で読んだオペラへの興味と結びつきました。
——知識としてのオペラと、実際の鑑賞体験が結びつくきっかけは何だったのでしょうか。
高校生の時、私が住んでいる場所から直ぐのホールで、海外の歌劇団が来日公演を行うことになったんです。演目は、これまた運命的にも『椿姫』でした。「これは行くしかない」と思って母にチケットを取ってもらったんですが、いざ行くとなると怖気づいてしまって……。
——お一人で行かれたんですか?
はい。でも当時は、「知らない大人に囲まれて、『あなた、その服装はマナー違反よ』なんて怒られたらどうしよう」と本気で震えていました(笑)。近所の人に「誰か一緒に行ってくれませんか」と頼み込みたくなるくらい緊張しながら会場に向かいました。
でも、実際に幕が上がってみると、あっという間に時間が過ぎてしまったんです。漫画ですでにストーリーが頭に入っていたのが大きかったですね。「あ、ここはあのシーンだ」「漫画だとこうだったけど、舞台だとこうなるんだ」という答え合わせのような楽しさもありました。
次回は研究者への道について伺います。
References
| ↑1 | 里中満智子(1948-):高校生でデビューした漫画家。『天上の虹』が有名。笠原の推し作品は『あすなろ坂』『愛人たち』『女帝の手記―孝謙・称徳天皇物語』。 |
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