ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第三十六回となる今回のインタビューでは、近代日本の災害史における行政対応を研究する傍ら、中学校の教壇に立ち、アカデミズムと教育現場の架け橋として「考える歴史」の実践に取り組む、寺谷嘉泰さんにお話を伺います。
歴史学と教育現場の架け橋として——教室での実験的アプローチと次世代への視座
——研究者としての葛藤を抱えつつ、寺谷さんは現在、中学校で非常勤講師として教壇にも立たれています。なぜ、研究と並行して「教員」という道を選ばれたのでしょうか?
高3くらいのときから、教員になりたいという気持ちがありました。ただ、尊敬する高校の先生——私は勝手に「師匠」と呼んでいるんですが(笑)——の影響で、「歴史学をちゃんと修めてからじゃないと、歴史は教えられない」と考えるようになったんです。
——その「師匠」というのは?
私の母校の先生で、修士課程まで歴史学を研究されてから教員になった方です。教育実習のときに私が「師匠!」と呼んだら、「俺より年上の先生もいる前でやめろ」と怒られましたが(笑)。
その先生を思い返してみると、単なる知識の伝達ではなく、歴史的なモノの見方や考え方を生徒に伝えるような授業を展開されていました。私もそうなりたいと思い、まずは大学院で研究を続けることにしました。ただ、修士1年のタイミングでご縁があって、非常勤講師として現場に出ることになりまして。
——実際に現場に出てみて、いかがでしたか?
正直に言いますと……「歴史学」と「教育学(教育現場)」って、仲良くないな! と思いました。
——あらら、仲良くないですか。それはまたどうして。
言葉を選ばずに言えば、お互いにそっぽを向いているような印象がありますね。歴史学は「事実はこうではないか」と突き詰めることに終始しがちな側面がある。一方で、教育現場からは、歴史学という学問に対して、「独りよがりな学問」というイメージが抱かれがちですし、授業で歴史学の最新の知見を生かしきれていないような気がしています。
以前、この話をしたら、先生方から「その対立は1950年代、戦後歴史学の時代からずっとあるんだよ」と教えられて、「根が深いな!」と絶望しかけました(笑)。
——半世紀以上、微妙な関係が続いているわけですね。
でも、だからこそ、私はその「架け橋」になりたいんです。研究者として歴史学の最前線に身を置きつつ、教員として現場のリアリティも知っている。この両輪を回しながら、歴史学の知見を教育現場に還元し、逆に現場の課題を歴史学に持ち帰る。それが私の生涯のテーマになる気がしています。
——具体的に、授業ではどのような「歴史学的なアプローチ」を実践されているのですか?
生徒には「多面的なものの見方」を身につけてほしいと思っています。歴史上の出来事を、単なる「暗記項目」ではなく、「なぜそうなったのか?」と考える素材として扱いたい。
例えば、最近手応えがあったのは元寇(モンゴル帝国の襲来)の授業です。いきなり「文永の役」から教えるのではなく、まず生徒に問いかけました。「冷静に考えて、王様って戦争したいと思う?」と。
——なるほど、たしかに。面白い入り口ですね。
生徒たちは「お金もかかるし、人も死ぬし、普通はしたくないよね」と考えます。じゃあ、なんでモンゴルは攻めてきたのか。実は、攻めてくる前に何度も手紙(国書)を送ってきていたんだよと史料を見せました。「服属しなさい、さもなくば……」という脅しではあるけれど、いきなり暴力に訴えたわけではなく、彼らなりの外交ルールと正当化のロジックがあった。それを無視されたから攻めてきたというプロセスを考えてもらうんです。
——「野蛮な侵略者」というステレオタイプを揺さぶるわけですね。
そうです。どんな戦争にも、必ず双方に「正当化の論理」があります。「なぜ彼らはそれが正しいと思ったのか」という背景を理解しなければ、歴史を学んだことにはならない。「こいつらは悪者だ」で終わらせず、相手の理屈も想像して考えてみる。そのように考えを巡らせることが歴史を学ぶ意味だと思っています。
——素晴らしい授業ですね。逆に、うまくいかなかった例はありますか?
ああ、それはもうたくさんありますよ……「武士の発生」の授業は手応えなしでした(笑)。私が研究者モードになりすぎて、「武士は地方から発生したのか、中央から発生したのか」という学術論争をそのまま持ち込んでしまって。史料を提示して「どっちだと思う?」とやったんですが、生徒からすればあまりに抽象的すぎて「ポカーン」とされてしまいました。「先生、何言ってんの?」という空気が教室に充満して……あれは猛反省しましたね。
——研究者のこだわりが空回りしてしまったと(笑)。まさに試行錯誤の連続ですね。
本当にそうです。図書館で史料が見つからなくて、専門外の中世史を同期にLINEで聞きまくったり、「くずし字が読めない!」と泣きついたり、自転車操業の日々です。でも、そうやって泥臭くあがく中で、少しずつ「考える歴史」の授業が形になっていけばいいなと思っています。
——研究と教育、二つの現場を行き来する寺谷さんの姿は、まさにこれからの歴史教育の新しいモデルになる予感がします。最後に、今後の展望をお聞かせください。
大それたことは言えませんが、まずは修士論文に向けて、災害史の研究をしっかり形にすること。そして、それらを単なる「地方の地震の話」で終わらせず、歴史学の中にどう位置づけられるのかを模索したいですね。
そして教育の現場では、生徒たちがニュースを見たときや、社会に出たときに、歴史的なものの見方、多面的なものの見方を思い出してくれるような授業をしたい。例えば、「これってどういう背景があるんだろう?」「相手には相手の正当化の論理があるんじゃないか?」と、一歩立ち止まって考えられるような、そんな視座を持てる授業を続けていきたいです。……まだまだ実験中ですが!
——その「実験」の続きを、またぜひうかがわせてください。本日は本当にありがとうございました。
ありがとうございました。


