ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十回となる今回のインタビューでは、防衛大学校での12年を経て国際日本文化研究センターにたどり着き、平安・鎌倉時代の貴族が漢文で書いた日記(古記録)を、歴史資料ではなく「文学」として読み解くことから「人はどうすれば幸福になれるのか」を考える、中丸貴史さんにお話を伺います。
不要不急こそ、幸福につながる
——中丸先生について予習していると「防衛大学校」での教員経験がキーワードとして出てきます。防衛大学校と古典文学、一見関係のうすいものが、どう交わったのかが気になっていまして。
僕は防衛大に12年勤めていたので、今の僕は防衛大なしには語れないんですよね。防衛大って、戦後の反省と理想の中で作られた学校なんですよ。でも、時間が経った今では——もしかしたら当初からかもしれないけど——文学というものには偏見があって、「こんなの自衛官に必要ないだろう」という風潮がある。
でも、その「文学はいらないぞ」という場所にいることによって、逆に「文学とは何か」を考えることができた。ちょっと言葉が悪いんだけど、王道に行かなかった。たとえば菅原道真が、これから学者として中央で出世していくと思ったら讃岐の国司にされて、「なんで俺が地方に行かなきゃいけないんだ」と不本意に思ったけれど、地方を見たことによって道真の詩はさらに深みを増した、みたいな。それと並べて言うのも何ですけどね。
僕が大学院を出てすぐに文学部の教員になったとしたら、そこでは文学というものが自明じゃないですか。みんな文学が大事だと思っているし、好きだと思っている。ところが防衛大では当たり前ではない。「文学とは何か」「文学は社会にどう役に立つのか」、さらに言えば「自衛隊に文学は役に立つのか」を必死に考えるわけですよ。実際に必死に戦った結果、自信がついたんです。「あ、やっていける」と。
——そこまでの境地にたどりついたんですか。一番、文学への逆風が強そうな環境で。
実際、文学は必要なんです。
自衛隊の訓練は、いろんな事態を想定してやりますよね。災害でも戦争でも、国民を守るために。そのとき、訓練では最低限のものでやる。最低限の食べ物を食べて、極限状態の生活をする。そうすると、彼らの思考が「食べられればいい、寝られればいい、着られればいい」という最低限の思考に染まっていくんですよ。さらに寄宿生活で、同じ価値観を持った人たちと暮らすから、どうしてもそうなる。
ところが、自衛隊が守るものって何なのかと考えたとき、それは国民の生命・財産、そして文化でしょう。「国民は食べられればいい」では、基本的人権の尊重すらできないと、僕は思うんです。国民の幸福を守るのが自衛隊で、そのとき文学はその一翼を担っている。しかも、彼らが訓練で「無駄」だと言って削っているものが、ほぼ幸福につながるんですよ。
——国民の幸福を守るのだったら、その幸福のもとになっているものを知らないといけない。その一つが文学だということですよね。必要最低限のものだけ守ればいいということではなく。
毎日、最低限の食事だけをしていたら、心を病んでいきますよね。でも、綺麗なお皿やカップで飲んだり食べたりすることで「ああ、美しいな」と思える。一緒に食べる人も選びたくなる。誰かの愚痴じゃなくて、「昨日の映画良かったね」みたいな話をしたい。
それこそコロナのときにいわれた「不要不急」のものこそが、幸せにつながってくるんだと、僕は防衛大学校にいて思ったんです。むしろ、不要不急なものがいっぱいある社会こそが、幸福が多い社会なんじゃないかな、と。今の日本は「無駄をいかに削るか」をやってきた結果、これだけ苦しくなっているから。
だから僕、ヒラヒラの服を着たりするんですよ。衣服のヒラヒラの有無って、いまは男女の差になってるけど、本来は階級の差なんですよ。むしろ男性の王族や貴族が、ヒラヒラのものを着ていた。ルイ14世とかモーツァルトの肖像画に描かれてるようなあの服装、ああいうのが僕の理想です。それに、女性がズボンを履くようになったのも同じで、戦争体制になってスカートだと動けないから、機動的な服装に変わっていったんです。だから、今こんなふうに髪を伸ばしたり、服装になったのは、防衛大のおかげですね。
——「文学とは何か」を体現するために、ご自身がそうなっていった、と。
防衛大の中ではとても異質だったし、でも「異質なものがいることが重要だ」と思って。楽しみながらですけどね。
——学生さんたちは、文学の授業を受ける中で、考え方が変わっていったりしたのでしょうか。
あるとき吹っ切れて、「学生が何を望むか」じゃなくて「自分が何をやりたいか」という方針で授業をやったら、わかってくれる学生がちょっとずつ増えてきました。決して多くないんですけどね。一般受けはしないんだけど、30人いたら3人、1割ぐらいの、やる気のある学生がついてきてくれる。手応えを感じましたね。「みんなに受ける」ことと「質」は必ずしも関わらないので。
授業としては地味なことをやりましたけど、すごく優秀な学生が集まってくれて、楽しかったですね。防衛大の後半は、自分の中でいちばん質の高い授業ができたと思っています。
——自分が楽しくできるかどうかで吹っ切れたからこそ、というのがいいですね。
彼らも気づいてくれていると思います。元々少ない人数ですけど、卒業後も交流が続いているので。僕、防衛大時代は学校当局によく反抗していたんですよ。だから「白い目で送り出されるかな」と思ったら、皆さん温かく送り出してくれて。その後も、関係者と細々と繋がっているので、外側からも応援したいなと思っています。





