ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第六十回となる今回のインタビューでは、防衛大学校での12年を経て国際日本文化研究センターにたどり着き、平安・鎌倉時代の貴族が漢文で書いた日記(古記録)を、歴史資料ではなく「文学」として読み解くことから「人はどうすれば幸福になれるのか」を考える、中丸貴史さんにお話を伺います。

電車の乗客のように、日記を読む

——本日はよろしくお願いいたします。今日は、中丸先生の研究に初めて触れる読者も多いだろうということで、中高生のみなさんをイメージしながらお聞きしたいと思っています。そこでまず、いちばん難しいかもしれない質問から伺います。中丸先生は自己紹介で「私は何の研究者です」と名乗られるとき、何とお答えになっていますか。

それがですね、話す相手によって、微妙に説明の仕方が変わるんですよ。最初はどうですかね……まず「古典文学の研究者」って答えますかね。

——さらに詳しく説明するなら、「古典文学の中の、何を研究しています」と細分化していくイメージでしょうか。

それでいうと、僕は、平安時代の貴族が書いた「日記」(古記録)を研究しています、と言いますね。

でね、最近、自分が幸せだということを実感しているんです。

——おお、「幸せ」ですか。

国際日本文化研究センター(以下、日文研)に来てからは、「人はどうやったら幸福になれるのか」が僕のキーセンテンスになっています。僕の場合は、文学を読んだり研究したりすることが自分の幸福につながっている。そのあたりをヒントに考えていますね。

——「幸福」の話は、ぜひ後ほど詳しく伺わせてください。その前に、まずは研究の中身をもう少し教えていただけますか。平安時代の「日記」というのは、具体的にどういうものなんでしょうか。

平安時代の貴族が書いた、しかも漢文で書いた日記を読んでいます。「日記文学」ではなく、貴族が日々のことを書き残した「記録」としての日記です。文学ではなく、どちらかというと歴史資料(史料)として扱われてきたものを読んでいるんですけど、僕はそっちの方が面白くて。

——歴史の資料として扱われてきたものを、文学として、ですか。日記文学ではなく、客観的な記録としての「日記」を文学研究の対象にするのは、ちょっと意外な気もします。

それがですね、「客観的に書いている」なんて嘘で、必ず主観が入るし、癖が出るんですよ。人によって書く観点が違ってくる。それを見つけるのがすごく楽しくて。

あるいは、毎日同じ時間に電車に乗ると、同じ人に会うじゃないですか。その人はどこから乗ってどこへ行くのか、何をしているのか。それとほぼ同じ関心で日記を読んでいます。平安時代の日々の記録と、我々の日々の生活を重ね合わせながら読んでいくのが楽しい。

——電車でたまたま隣に居合わせた人みたいな感覚で、平安や鎌倉の日記の書き手を考えていらっしゃるんですね。それこそ、大河ドラマ『光る君へ』で、日記魔・メモ魔な一面が印象的だった藤原実資とかも。

人間って、習慣性があるという点では、いつの時代も同じなので。藤原実資の時代には、藤原道長の『御堂関白記』があったり、源経頼の『左経記』があったりとか、同時代に同じ日の記事がいくつもあるんですよ。そういう日記を読み比べていくと、日記の〈記主〉(その日記を書いている人物そのもの)がふっと顔を出した、とわかる瞬間がある。

それがまさに、「電車であの人が乗ってきて、あ、この駅で降りるんだな」というのと、僕の中では連動している。僕も含めてそれぞれが日記の記主で、電車で会う人たちは、その人たちで別の日記を書いている。電車内での出会いは、まさに日記が交差する瞬間だととらえるんです。また、同じことをやっていても、「あ、この人はここに着目して書いているんだ」とわかる。それがすごく楽しいんです。

——同じ時間や場所にいながら、自分とは違う見方をしているのが面白い、ということですね。

僕、究極的には人間そのものに関心があるみたいなんです。別に立派な人である必要はない。いや、人間じゃなくてもいいかもしれない。植物とか、天気もそう。ある意味、森羅万象、毎日何が起きているかが気になる。だから、もし僕が小説家だったら、植物の視点で物語を書いたらどうなるかな、って考えるかもしれない(笑)。