ジンブンの足あと 外見描写と内面評価の相関性史
← 前の歩 第4歩 /全4歩・最終回

和歌の詠み人がどんな顔かなんて、考えたこともなかった

髙岸 輝 × 石井 悠加 / 絵巻と和歌のあわい、中世と現代との往還

話者 髙岸 輝・石井 悠加
公開日 2026年6月12日
構成・編集 ジブンジンブン編集部
SPEAKERS
髙岸 輝
髙岸 輝
東京大学 / 日本美術史

東京大学大学院人文社会系研究科 教授(日本美術史)。専門は日本中世絵画史。やまと絵が中世社会の中でどのように制作され受容されてきたかを、絵巻・肖像画・仏画・仏教説話画・障屏画などの現存作例と史料に基づいて明らかにすることを目指している。著書に『中世やまと絵史論』(吉川弘文館、2020年)など。

石井 悠加
石井 悠加
四国大学 / 日本文学

四国大学文学部 講師(日本文学)。専門は中世日本文学・和歌文学。中世和歌について、仙洞御所や絵巻などの和歌が詠まれる「場」に注目した研究を行う。本プロジェクトでは「公家列影図」と歴史資料・文学資料を突き合わせ、絵巻に描かれた顔と歴史書・和歌の交差点を探っている。著書に『中世和歌の記憶ー絵巻と仙洞御所の詠歌史ー』(八木書店、2026年)。

「外見」と「内面」をめぐる共同研究プロジェクトには、心理学・情報学に加えて、美術史学と中世文学の研究者も加わっている。髙岸輝先生(東京大学/日本美術史)と石井悠加先生(四国大学/日本文学)。絵巻に描かれた顔を「様式」から読み解いてきた美術史と、和歌が詠まれた「場」に注目してきた中世文学。専門も方法も異なる二人が、平安時代末から鎌倉時代の公卿を写した『公家列影図』を共通の入り口に、絵と言葉の交差点を探っている。絵師の個性は、名もなき群衆の顔にこそ宿るのか。和歌の巧拙と顔だちのあいだに、関係はあるのか。そして、男系の家系図からこぼれ落ちてしまう「母方の顔」を、どうすれば取り戻せるのか——。中世の絵巻を手がかりに現代の「顔」を問い直す、二人の対話を聞いた。

留学生がつないだ、絵巻ゼミの縁

——本日は美術史と中世文学のお二方という、ペアでのインタビューです。お二人の出会いについて、少し事前にうかがっていました。髙岸先生の授業に、石井先生が学生として参加されていたとか。

石井 悠加
髙岸先生の「絵巻演習」、通称「絵巻ゼミ」に、博士課程の時に参加していました。2013年の「石山寺縁起絵巻」の回が最初だったかと思います。
髙岸 輝
僕は2012年に東京大学に着任して、絵巻ゼミを始めました。毎年ひとつの作品取り上げて、絵と詞書(物語のテキスト部分)を見比べながら読むという演習です。2012年は「石山寺縁起絵巻」で、その年に終わらなかったので、2013年も同じ絵巻の続きをやりました。その時に一人、留学生が参加していて、その付き添いとして、当時、博士課程の石井さんが出席してくれたんですよね。
石井 悠加
私は、その留学生のTA(ティーチングアシスタント)で、研究や学校生活のサポートをしていたんです。最初は彼女のリクエストで一緒に出ていました。髙岸先生や美術史研究室の学生の皆さんとはそれからのご縁です。
髙岸 輝
5年ぐらいずっとゼミに出てくれていましたよね。「絵巻ゼミ」は、美術史の学部や修士の学生がメインなのですが、石井さんは博士課程で専門は中世日本文学。だから、絵巻の詞書の読みや古文の文法など、半ば指導する側として参加してもらっていたんですよね。
石井 悠加
日本文学の学生が絵巻ゼミにいると、絵巻の本文の、たとえばくずし字の読み方、注釈の付け方のルールなどについて、 学部生や新しく入った人に対するお手本になりやすいんですよね。その後も、絵巻ゼミには国文学研究室 の学生が参加する流れができていった。
髙岸 輝
それは僕にとってもすごくありがたかった。やはり美術史の学生だけだと、詞書のくずし字をそのまま読むのは、ハードルが高い。
石井 悠加
なので、絵巻ゼミに最初に興味をもったのは、留学生の方でした。
その方はもともと浮世絵やアニメが好きで、源氏物語絵巻に興味があった。当初は、スラヴ文学ご専門の沼野充義先生のご紹介で 国文学研究室 に来て、髙岸先生のゼミで絵巻に興味を持ったということなんです。そんなバイタリティのある留学生がいなかったら、国文学研究室の学生が絵巻ゼミにコンスタントに参加する流れはできなかったと思います。国文学と美術史では、同じ本郷キャンパスの中でも研究室の建物が離れてますから。

数百本の中世絵巻、書誌情報があるのは1割

——まず髙岸先生に伺いたいのは、絵巻のプロから見て、「顔に注目する」という活動はこれまでにもあったのでしょうか。それとも、今回のプロジェクトで新しく取り組まれている感覚なのでしょうか。

髙岸 輝
絵巻の研究をする時は、まず「様式」、つまりスタイルを分析し、見分けていくことが基本中の基本です。
例えば、どういう絵師が描いたのか。これひとつとっても、同じ時代の同じ絵師が別の作品を描いているケースもあれば、ひとつの作品の中に複数の絵師が関わっているケースもある。それをどう見分けていくかが、絵画の研究のベースになります。
中世に描かれた絵巻で現存しているのは、ざっくり数百タイトル。それが1100年代から1600年ぐらいまで、約500年の間に分布しているとイメージしてください。
数百タイトルの中で、絵巻の奥書(巻末に記された文言)に「誰が絵を描いた」「誰が詞書の筆を染めた」「何年に完成した」といった書誌情報がちゃんと書かれているものというのは、どれぐらいあると思いますか?

——うーん、どうでしょう。本でいうと、著者や出版者情報が書いてある「奥付」がある状態ということですよね。半分くらいでしょうか?

髙岸 輝
それが、1割くらいなんです。とても少ない。
仮に奥書がなくても、同時代の貴族の日記などに「誰々が描きました」「私が編集に立ち合いました」という記事が出てきて、それと突き合わせて分かることもある。それでも、確実に「この年代にこの絵師が描いた」と分かるのは10本に1本ぐらい。残りの9割はよく分からないんです。

——わからないときは、どうやって推定していくんでしょうか。

髙岸 輝
絵には、いろいろな要素がありますよね。風景描写の山の描き方、木の描き方、海の水面の描き方、建物の描き方……全体の雰囲気や色の特質からも、おおよその年代は推定できます。
でも、もう少し踏み込んで、「同じ絵師かどうか」「同じ地域の工房で作られたのか」を判定しようとすると、最後の決定的な証拠になるのが、やっぱり顔の描き方なんです。

——おお、ここで「顔」につながるわけですね。

髙岸 輝
今は身近なところでも、顔認証が普及していますよね。「顔」がその人らしさとか、情報を識別する決定打になる。そう考えるとわかりやすいかもしれません。

漫画の顔と、絵巻の工房

——ここまでのお話で、読者のみなさんは「歴史の授業で習った、あんな感じの絵巻かな」と想像してくださっていると思います。「やまと絵」という用語を覚えている方も多いはず。で、この「やまと絵」のイメージとして、「引目鉤鼻のような、あまり個性のない様式化された顔」というのがあると思います。むしろ、顔に人の個性が出るのは、写楽の役者絵とか、近代的な肖像画なんじゃないの?と。「顔で誰が描いたか分かる」といっても、様式的な絵で本当に分かるものなのでしょうか。

髙岸 輝
これは、研究の根幹に関わる質問ですね。ふたつに分けて考えるといいと思います。
ひとつは肖像画みたいなもの——その肖似性、つまり「似ている」ということの正確さ、写実性の問題。実在している人物の肖像を描く時に、いかにその人の個性を拾い上げて、同定できるぐらい精密に描かれているか。これが第一のポイントです。
もうひとつは、絵巻の場合、主人公クラスの人の顔——たとえば空海や親鸞など、有名人の顔は、肖像画がモンタージュ的にはめられたようになっていて、容易に識別できることが多い。一方で、名もなき登場人物——ドラマで言うエキストラの人たちの描き方が意外と重要です。

——いわゆる「モブ」とよばれる群衆の表現ですね。

髙岸 輝
群衆として描かれる人たちには、描き手の癖が強く出る、というふうに考えるんですね。これが第二のポイントです。
たとえば今でも、漫画家が漫画を描く時に、主人公の顔の描き方でその人物の個性をあらわす一方で、周囲の通行人——脇役の人たちは、ある程度、類型的に描いていくという傾向がある。その類型の中に、描いた人の個性を見ようというのが、もうひとつの方向なんです。
先ほどおっしゃったように、写楽の絵が個性をうまく表現しているとか、ゴッホの肖像画が人の内面まで描いているというような、近代的な肖像画と人物との関係は、中世の絵巻にもある程度は言えます。
一方で、「空海」や「親鸞」という主人公レベルの人物の描き方は、中世には固定化されていく。場合によっては違う時期の違う絵師が描いても、似たようなテンプレートになってしまうこともある。

——「誰が見ても空海、誰が見ても親鸞」という顔のテンプレが、時代や個性を超えてしまうということですね。

髙岸 輝
そこで私たちは、名もなき人物——絵巻の中の標準的な顔とか、たくさん出てくる顔を見ていったんですね。デジタル・ヒューマニティーズ分野の鈴木親彦さんと、絵巻の中の全部の顔にタグをつけていって、「老人の女性」「青年の武士」「子供」という具合にカテゴライズしていきました。
そうすると、一定の描き方のパターンがそこから検出できる。それは絵師の個性であったり、工房としてひとつのまとまった個性、あるいはある時代や地域の描き方の傾向、と言うことができる。

——逆説的ですけど、すごく腑に落ちました。

髙岸 輝
よく美術史の友人と話すんですが、たとえば「ゴルゴ13」のさいとう・たかをさんは工房システムを取っていたでしょう。主人公のゴルゴ13は、顔の特徴的なシワとか、目の表情とかは、さいとう先生ご本人じゃないと絶対描けなかった。だけど、彼のもとには工房のスタッフがたくさんいて、作画も分業体制でやっていたんですよね。車両を描く専門の人、銃器を描く専門の人、都市の風景を専門で描く人、というような。
全体として見ればさいとう・たかを先生の作品だけど、「さいとう・プロダクションがこういうものを作っています」というのが、現代の漫画もそうですよね。

——「土佐派」「狩野派」のような絵画工房で見られるまとまりと同じように、我々はさいとう・たかをプロの「画派」を見ている可能性があるわけですね、「これはさいとう・たかを先生らしい作風だよね」と言いながら。

髙岸 輝
もうひとつ、これも学生さんと喋っていて「ああ、そういう言い方もあるな」と思ったのが、藤子不二雄A先生と藤子・F・不二雄先生のことなんです。もともと彼らは、二人のユニット「藤子不二雄」としてやっていた。そして人気漫画家になると、彼らの下にたくさんお弟子さんやアシスタントが増えていった。

——まさに「藤子不二雄工房」の形になっていったわけですね。

髙岸 輝
そう。子供のころは「ドラえもん」も「忍者ハットリくん」も、全部「藤子不二雄作品」として認識していた。今なら我々は「ドラえもん」だとF先生、「忍者ハットリくん」だとA先生だって知ってるじゃない?それを知ったうえでよくよく見れば、「ドラえもん」と「忍者ハットリくん」の登場人物たちでは、顔の感じがちょっと違いますよね。でも、まとめて見たときに「これは藤子不二雄の絵だよね」と、あまり違和感なく感じられる。

——絵巻の描き手を分析するときにも、同じような現象があると。

髙岸 輝
ひとつの絵巻の中や、似た作品どうしを見比べていくと「同じ工房の中に絵師A、絵師B、絵師Cがいるな」というのがわかってくるんですよ。似たようなものを描けるんだけど、やっぱり癖が出る。鎌倉時代の「藤子不二雄A」と「藤子・F・不二雄」みたいな差が、高解像度で撮影したデジタル写真を活用すると少しずつ識別できるようになってきたんです。

——すごい。それは美術史的にも大きな進歩ですよね。描き手を見分けるのが、美術史の「基本の基本」という説明がありましたが、その基本の部分の解像度が上がっている。

髙岸 輝
そういうことです。これまでざっくり「藤子不二雄」の作品だと思っていたら、「藤子不二雄の中にも実は5人ぐらいいるよね」ということがわかってきたりします。

和歌の巧拙と、顔の美醜は関係するのか?

——では、文字情報の側からのアプローチについて、石井先生にも伺っていきます。このプロジェクトに参加された、そもそものきっかけは何だったのでしょうか。

石井 悠加
あるとき、髙岸先生から、このプロジェクトの前身である上田竜平先生のご研究 のことでご質問をいただいたんですよね。「平安から鎌倉時代の大臣クラスの公家たちの肖像をズラリと描いた「公家列影図」という絵巻があって、それについての共同研究が始まった。彼らの多くは歌人でもあったから、顔のイメージと和歌のうまさとの間に、関連性があるかどうかを調べてみたい。例えば、和歌がうまい人はかっこよく描かれているか——」と。

——石井先生からは、どんなふうに回答されたんでしょうか。

石井 悠加
歌の調べ方をお伝えしました。この索引やこの辞典を見ると、この人の和歌や説話が分かる、といったようなことです。私は中世和歌をご専門とする渡部泰明先生のゼミ生で 、ゼミではそのようにしていましたので。でもその後、髙岸先生から返ってきたのは「描かれた容姿と和歌の上手さは、あまり関係ないかもしれない」ということでした。

——そうでしたか。あまり関係なかった!

石井 悠加
でも、それが私には逆にすごく新鮮だったんです。
というのも私自身、和歌について調べる時に、表現の特徴や作者の経歴・逸話などを調べることは当たり前なのですが、 顔がいいか悪いかなんて気にしたことがなかったんですよね。

——そもそもそんな発想がなかった、と。

石井 悠加
百人一首のかるたの読み札には、歌人の顔が描かれていますけど、あれは後の時代の誰かが描いたものじゃないですか。だから、本当の顔が分かるかなんて気にしたことなかった。色っぽい歌が得意ならなんとなく美人なのかなと想像するし、逆に顔の醜い笛の名手のような逸話もありますけど。
そんなふうに、顔と和歌の良し悪しは関係ないでしょ、と思っていたんですが、「関連があるか」って言われたら、調べてみたくなったんですよ。今だって、歌手にもルックスの良さが求められて、それもスターの資質の一つとして評価されますよね。そういうことが中世にも起きていたら面白いぞ、と思いました。

家系図に書き込まれた、体型と声

——実際に研究するとなると「和歌の上手・下手」と「内面評価・外見評価」を、どうつなげようとしたんでしょうか。

石井 悠加
結局、和歌の腕前との相関性というのは、今も分からないし、結局あまり関係がなかったかもしれないとは思っています。どちらかというと家柄です。和歌も家柄——代々続く”歌の家”というのがありますから。
「公家列影図」に描かれた人物たちも、たいていは大臣の家の出身なので、血がつながっている人が多いんですよね。おじいちゃんと孫だったり、兄弟だったり。
そういった一人ひとりのエピソードを調べていくのですが、人数が多いのでだんだん整理がつかなくなる。それで、顔の画像を切り抜いてそれぞれの家系図の通りに並べてみたら、家ごとにかなり特徴があったんです。「この家の人はシュッとした描かれ方をしている」「この家の人たちはちょっと体格が良いほうに描かれがちだな」みたいな。

——なるほど。和歌の上手・下手よりは、「ああ、何々家の人といえばあの雰囲気ね」みたいな、家系に対するパブリックイメージの方が強かったのではないかと。

石井 悠加
そうですね。和歌は代作してもらうという手もあるし、教わる先生次第というところもある。それに、その人の和歌がたくさん残っているかどうかって、歌人としてすぐれていたかどうかだけでは決まらない。その時の天皇が和歌が好きかどうかにもよるんですよ。

——確かに。歌集の編纂事業に熱心だったかどうかとか、天皇によりますもんね。

石井 悠加
そうです。「もう、来週もまた歌会だよ」って、貴族がうんざりしかけているような天皇の時代だってある(笑)。そういう時代に和歌がたくさん残るのは当たり前なんです。
どちらかというと、家系に受け継がれていくのは……体型・体格もそうですし、「声がいい」というエピソードを持つ人物が代々現れる家もありました。それから面白かったのは、ふくよかな体型で描かれる家柄の人たちのエピソードの中に、「子どもの時には美少年だった」という話があったりする。「ああ、子どもの時には美少年だったんだ……」と、つくづく顔を見ちゃいます。

——和歌の詠み人の容姿について、最初は「そういった発想がなかった」とおっしゃっていましたが、研究を通じて、ご自身には何か変化はありましたか。

石井 悠加
今回、永井先生から「美術作品に描かれた顔とその内面評価」という研究テーマをいただいたことで、和歌研究だけやっていたら思いつかなかったような疑問や興味がワッと湧いてきて、和歌や歴史物語 とかの見方が変わりました。「これはどんな顔の人が詠んだんだろう」「どんな顔の人たちの物語なんだろう」って。
例えば、『源氏物語』のようなフィクションだと、出てくるキャラクターたちはおそらく美形ですよね。光源氏を筆頭にして、女君たちは末摘花と源典侍以外はみんな美女だし、男たちもみんなイケメンです。
でも、『大鏡』『今鏡』や『栄花物語』のような歴史物語に出てくる人たちは、実際の人間です。俳優のようにルックスが特別優れた人たちばかりではなくて、今の公人とか、職場の同僚のような、私たちの身近にいそうな見た目の人たちだったわけですよね。そういう人たちの物語なんだ、フィクションと歴史物語はそこが違うんだ、と。それが分かってすごく面白かったです。

——髙岸先生、今のフィードバックを聞かれていかがですか。

髙岸 輝
「公家列影図」の場合は、社会実験でスコアをつけてもらったりして、「この人はどういうキャラクターだと思いますか」という問いを、上田竜平先生(心理学)がいろんな項目を立てて調査してくださいました。その中の重要な質問が、その人の文化度——文化的なものを教養人としてどれだけ身につけている人に見えますか、というものなんですね。
僕が石井さんに最初に期待したのは、まさにそこの部分なんです。歴史資料の中だと、その人の文化性って、なかなか検出しにくいんですよね。でも、和歌だと巧拙やセンスがはっきりとわかる。その人の「文化人的な側面」を情報として抽出できると面白いな、と。これが最初のきっかけです。
石井 悠加
笛や琵琶のような、楽器の腕前などもそうですね。
髙岸 輝
そう。当時の貴族の日記や儀式書を見ていると、「この人は宮中の儀礼についてよく知っていて、儀式に参加した際の動きがエレガントだった」という評価が時々出てきたりするんですよ。ある種の文化性とも言えますね。今で言うと、外交におけるプロトコルみたいなものでしょうか。服の着こなしや行事、儀礼に精通していること——もちろんこれは家に蓄積された知識の部分も大きいと思うんですけど。

他分野に伝えると、研究が変わる

——この「顔」プロジェクトも、3年間のうちの1年半を迎えたということで、いよいよ折り返しです。石井先生は、このプロジェクトをご自身の研究人生の中でどう位置付けていらっしゃいますか。

石井 悠加
うーん、難しいですね(笑)。そうですね、中世文学や和歌文学研究枠組みの中にいると、「和歌が好きで、中世文学が好きで、古典文学は大切だ」という思いを共有している人たちの中で、普段は活動しているんですね。

——専門家どうしだと、接する機会は一番多いですもんね。ある程度、仕方ない構造なのかもしれないですが。

石井 悠加
今回の「顔」プロジェクトでは、永井先生が、いろんな分野の先生方を集めてチームを組んでくださいました。そうすると、哲学や心理学、情報学、近代文学の先生方に、「この「公家列影図」や顔の研究が、私の角度から見てどう面白いのか」を、改めて説明することになる。そういった面白さを伝える経験が、自分のこれからの研究に影響していくんじゃないかと思っています。
もちろん、自分の今の勤め先でも、毎月のようにオープンキャンパスをやっていて、高校生たちに「古典文学は面白いよ」という話はしています。でも、他分野の研究者の方に自分の研究の面白さを伝えるとなると、また違った面白さがある。このプロジェクトを通じて、「研究って楽しいんだな」「意見交換というのは、面白さを伝えることなんだな」という実感が育っていますね。打ち合わせの後の飲み会は盛り上がります(笑)。

——他分野の先生で、「その視点はなかった」と感じた切り口や考え方はありますか。

石井 悠加
鈴木親彦先生と中村覚先生対談で、「Odeuropa(オデウロパ)でしたっけ、ヨーロッパの「匂い」情報の抽出データベースのお話がありましたよね。「なるほど、匂いか!」って思いました。日本文学ばかり研究していると、出てこない視点かもしれない。香を焚きしめる、という描写くらいはありますけれども、嫌な匂いの話はほとんどしないし、いい匂いの話もそんなに解像度が高くない。タバコもないし、体臭に魅力を感じる文化でもないですしね。

——普段、日本文化・日本文学の中にいたら出てこないような視点が、海外の研究にはあるんですね。

石井 悠加
はい。それから、情報学の先生って海外の情報が早いんですよね。ヨーロッパの最新技術の動向や、デジタル人文学の情報を先に持ってらっしゃるので、それもとても勉強になってます。「日本文学にはどう応用できるかな」って考えたくなりますね。

——髙岸先生も、そういった異分野の情報を積極的にキャッチアップされていますよね。

髙岸 輝
鈴木敦命先生や上田先生のような、最先端の情報を持っている方に教えてもらうことが多いですね。異分野の国際的な動向の速さは、常に肌で感じていたい。一方で、美術史の動きは比較的ゆるやかかもしれませんが、100年前の論文と格闘する面白さもあるので、両面を扱いたいですよね。

——美術史の立場からは、どんなことができそうですか。

髙岸 輝
今回扱っている絵巻は、美術史や文化財の専門家だけが独占すべき対象ではなくて、もっと開かれていくべきだと思います。いろんな人が、いろんなことを——その作品の時代を知るためのツールとして活用してほしい。我々美術史をやっている人間だけが情報を持って門を開くことを妨げてはいけない。逆に、門を開く役割をしないといけないと思っています。
今回、「公家列影図」を扱ったのは本当にたまたまですが、こういう「異分野に対して開かれる」機会がなければ、こんなにじっくり研究することはなかったかもしれません。

——プロジェクトのメンバーを見て、そこから作品を選び出す面白さがあるわけですね。

髙岸 輝
そう。先に作品や研究対象が決まっているのが通常の共同研究のあり方だと思いますが、そこは可変性がある。むしろ、プロジェクトメンバーの顔ぶれを見て、みんなの関心にもとづいて「これをやったら面白いんじゃないの」と選ぶことができる。それも今回の面白いところですよね。

思ったより、弱々しい——鎌倉時代の天皇の顔

——いま、ご自身が温めているテーマや、これから他の方と相談してみたいネタはありますか。

石井 悠加
上田先生が「天子摂関御影」の心理学調査をされたとき、思ったよりも天皇の顔の権威性が弱いという結果が出たんですね。大臣たちよりも。これは意外でした。

——意外ですね。天皇なら「偉い人に見えるな」って、いちばん思いそうですよね。

石井 悠加
それが、そうでもなかったらしいんですよ。「へえ」と思って、自分でもいろいろ考えてみたんです。そもそも「天子摂関御影」では、大臣たちと比べて、天皇の方が年齢が若いんですよね。確かに私たちも、若い人よりは中年の人の方が確かに権威がありそう、という印象を受けがちです。
でも、当時の人たちもそういう印象だったのなら、それでよかったんだろうか、と共同研究メンバーの間に疑問がわきました。「大臣たちの方が権威があって、天皇たちの方が弱々しい印象でいいんだろうか」と。それで、当時の文献を調べてみました。

——当時の人は、天皇と大臣の年齢差や権威性をどう見ていたのか。気になります。

石井 悠加
慈円(平安~鎌倉時代の僧侶)の書いた歴史書『愚管抄』を見てみると、「摂政や関白の家は天皇をお助けするためにある。一方、天皇というのは若くして亡くなるのが常であって、それはこういう理由がある」ということを述べているくだりがあるんです。聖徳太子の時代までさかのぼって、なぜ天皇が早く死ぬのか、なぜ天皇を摂政・関白がお助けする理由があるのかを、かなりの紙幅を割いて説明している。
これを読んで、当時の人たちは「そういうものだ」と理論化して、この国の権力体制を作ってたんだなと思いました。それも、この心理学調査をしていただいたおかげで出てきた着眼点です。絵と歴史書を結びつけることができて、手ごたえを感じました。

家系図に映らない、母方の顔

石井 悠加
あと一つ、これは形になるか分からないですが——顔の研究をしていると、「男の研究」になるんですよね。

——これはまた、面白そうな切り口!ジェンダーの問題ですね。

石井 悠加
先ほどお話しした「公家列影図」の研究で、系図を作っていた時に、「あ、母親のことは全然考えてないんだな」って思ったんです。父と息子の関係性でできている家系図なんですよね。そういう形式なので、仕方ないところはあるかもしれませんが。「公家列影図」では、ある政治家が父親や父方の祖父と似ているかは分かっても、母親や母方の祖父と似ているかどうかはほとんど分からない。たいてい母親はずっと身分が低いことが多いので。また、当時の女性はもちろん摂政にも大臣にもなれませんから。

——本当ですね。女性が透明化される構造になっている。

石井 悠加
これが、和歌研究をしていると、そうはならないんですよ。女性の和歌も男性の和歌もある。でも、「公家列影図」や「天子摂関御影」の場合、顔の研究をしていると、男性の顔しか研究できないんです。何か突破口がないかなと考えています。永井先生が「美人」というテーマで女性の顔を研究されているので、それを見せていただきながら、資料が少ない中で自分なりに何かできないか考えているところです。

——また新しい視点が出てきたので、ちょっと鳥肌が立ちました。外見が描かれること、描かれないこと自体に、ジェンダーの構造が隠れている。「外見や内面が評価される/されない」という前提から出発すると、男性だけの世界になってしまうということですね。

髙岸 輝
今の話、すごく面白いテーマだと思うんですね。石井さんが「公家列影図」に描かれた人の顔を全部切り取って、系図の上にプロットしたものを巨大な紙に印刷して持ってきてくれたことがあって、今、それが僕の研究室にあるんです。
これを見ると、必ずしも同じ家系の中で全部の顔が似ているわけじゃない。多少、家ごとに顔の特徴はあったりするんだけど、親子で全然似てないパターンも結構ある。
ふと思うのは——男性って母親に似ることが多くて、女性って父親に似ることが多い、ってよく言いますよね。なんとなく我々も、兄弟とか親子とかを見ていると、男性は母親の顔に、女性は父親の顔に似ていることが多いような気がしませんか?そう考えると、顔の特徴というのは、男系の系図だけではやっぱり理解しきれない、これまでほぼ半分の情報を捨ててきたも同然なんですよね。

——なかなか難しいですね。なにか突破口はないものでしょうか。

髙岸 輝
中世において、女性の顔が肖像画として残されている例は極めて少ないので、サンプルとしては不十分です。だったらどうするか——少し想像力を働かせて、父親と息子の顔がかなり精密に描かれていれば、母親の顔も想像できないだろうか、と考えてみてはどうでしょう。
生成AIで、男性と女性の顔を組み合わせて、どんな赤ちゃんが生まれるかシミュレーションしてみるような。それを逆算するようなことができたら面白いかもしれない。その女性のお父さんが系図の中に出てくる可能性もあるので、いろんな方向から顔の特徴を割り出していくことも、不可能ではないと思います。

——確実なデータとして出てこないなら、想像力で補ってみるのも一つの手だと。

髙岸 輝
「この人はもしかしたら、女系の顔を引き継いでいる人なんじゃないだろうか」とか、隔世遺伝的な話で「母方のおじいちゃんと孫が、実は似てるんじゃないか」とか——そういう議論ができると面白いですよね。
というのも、中世の絵巻そのものを理解するというよりも、僕は常に現代社会との往還がすごく大事だと思っているからです。顔の研究の心理学調査や、現代の政治家の選挙ポスターに見る顔の信頼度との問題を考えてみると、我々はいろんなところで顔の見た目に判断を委ねているところが多いと思うんですよね。
今の日本では、世襲の国会議員が少なくないですね。それは出身地や苗字や経歴から見てとるだけでなく、顔や姿の雰囲気で感じ取ることもある。顔の印象は、すごく大きな要素なんです。歌舞伎なんかだと、それ自体が一つの楽しみでもありますしね。

——「お父さんそっくり!」という大向うの掛け声が存在するぐらいですからね。

髙岸 輝
「名優と呼ばれたおじいさんの面影がある」とかね。
人間が持っている「顔」に対する考え方というのは、本当に大きなテーマすぎて、そう単純に扱いきれないけれど、僕自身としては描かれた中世人の顔を、動物園の飼育員さんが猿山の猿全員の顔を見分けられるぐらい詳しくなりたい。「あ、この顔、あ、この顔、なるほど、この絵師ね」と。それを描いた側の特徴も浮かび上がってくると、もっと面白いと思いますね。

公家列影図は、すっぴんに見える

——ところで、このプロジェクトの前身の企画としてメイクアップアーティストの小林照子さん(コーセー出身、メイクアップアーティストの草分け、2026年で91歳)の講演が開かれたそうですね。

石井 悠加
あれは本当に面白いご講演で、大変な人気でした。小林先生のお話を伺いながら、やっぱり「人間は美や魅力をアップすることにすごく興味があるんだ」と思いました。
当たり前ですけど、『源氏物語』だって、光源氏が普通の顔だったらあんまり面白くないわけです。

——そうですよね。そうでなければ、高麗の人相見も「この子は天皇になったら国に災いが……」とか言わないですからね。

石井 悠加
そう、光り輝くように美しくなかったら、光る君ではない(笑)。物語が始まらない。

——美がトリガーになって物語が始まる作品って、たくさんありますよね。

石井 悠加
でも、日本の場合は少なくとも、「すごく美しい大臣」の話はそんなにないんですけどね。

——「魅力をアップしようと頑張る描写」も、古典文学にあるんですか。

石井 悠加
『堤中納言物語』という短編集の中で、恋人が急に昼間に来たのでお化粧をしようとして、眉墨で顔が真っ黒になっちゃった女の人の話がありますよね。香を焚きしめるという描写もよくありますし、それから同じ『堤中納言物語』の中に、眉毛のお手入れをしないので、お付きの女房たちに嫌がられている姫君の話があるんですよ。「毛虫がついてるみたいで気持ち悪い」と。だから、メイクをして当たり前とか、美しく顔を整えるべきという意識は、もちろんあったみたいです。

——いわゆる「虫めづる姫君」ですね!虫のことが好きすぎて、自分の外見はおろそかになっている、というキャラクターでしたっけ?

石井 悠加
それが、あの姫、意外と「自然のままが一番だ」「人工的な美は不自然だ」という思想をちゃんと持っていて、それで眉毛を剃らないでいるんです。

——自分の美の基準がしっかりしている姫だったんですね。「自分らしい美を追求する」という、近年の美容のトレンドとも重なります。虫めづる姫君とは友達になれそう。

石井 悠加
この話、わりと大学生にも受けますね。
一方で、ある時から、男性がお化粧をし始める時代がやってくるんですよ。「公家列影図」の最初の方に出てくる男性で、すごいイケメン伝説がある源有仁という人がいるんですけど、その人のあたりから、男性もお化粧をし始めます。お歯黒もつけていたみたいですね。

——大河ドラマ『平清盛』に登場する、悪左府こと藤原頼長(演:山本耕史)も、しっかり化粧をした姿でインパクトがありましたね。

石井 悠加
そう、だから「公家列影図」を見て、「あ、すっぴんかも」って思いました。

——これで「すっぴんだ」という感覚を持てる解像度、すごいですね(笑)。化粧と人物の印象の関係は、まだまだ奥が深そうです。

石井 悠加
「この人は化粧をするような人だよ」あるいは「化粧をしない人だよ」というのが、人物の評価に入る時代と、入らない時代とが多分あるんですよね。それが常識だったらわざわざ評価に入らないでしょうけど。化粧という一つのフィルターがかかると、また見え方が変わってきますね。

——まだまだお話は尽きないですが、お時間いっぱいとなってしまいました。この「顔」プロジェクトの後半で、「公家列影図」からどんな問いが生まれて深まっていくのか、予測がつかなくてとても楽しみです。また、定点観測をさせてください。本日はありがとうございました。