ジンブンの足あと 外見描写と内面評価の相関性史
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「大臣の卒業アルバム」から始まった、異分野からの挑戦

心理学から「顔」プロジェクトに加わる

話者 鈴木 敦命・上田 竜平
公開日 2026年6月5日
構成・編集 ジブンジンブン編集部
SPEAKERS
鈴木 敦命
鈴木 敦命
東京大学 / 実験心理学

意思決定と感情の関係を出発点に、修士から博士課程までは顔の表情認知を研究。その後、意思決定と顔印象の交差点で、顔の信頼性などの判断が選挙・裁判・雇用といった人の社会的判断に与える影響——いわゆる「フェイシズム」をめぐる問題に取り組んでいる。ヒューマニティーズセンター(HMC)の公募研究をきっかけに、本プロジェクトに参加。

上田 竜平
上田 竜平
京都大学 / 認知神経科学

親密な関係性の構築を脳機能と心理実験から研究。もう一つの専門は美的体験——人がアート作品に美を感じる仕組みを脳から明らかにすること。文学部入学時には美学・美術史学を志していたが、「客観的に議論できる方が向いている」と考え、心理学に転向した経歴を持つ。京都大学で開催した学際的シンポジウムが、本プロジェクトの始まりとなった。

「外見」と「内面」をめぐる共同研究プロジェクトには、文学・美術史学・情報学に加えて、心理学からも研究者が参加している。鈴木敦命先生(東京大学/実験心理学)と上田竜平先生(京都大学/認知神経科学)。二人は本プロジェクトに参画している研究者とのこれまでの共同研究の中で、鎌倉時代の公卿57人を写した重要文化財『公家列影図(こうけれつえいず)』を題材にした印象評価実験を行った。線で描かれた古い顔に対する、現代人の印象評価はどのような結果になったのか。従来、美術史学を中心に扱われてきた題材を、心理学の目でとらえなおすことの面白さと難しさとは? そして、史実データやテキスト解析の応用、AI活用の可能性から、心理学という学問の構造に対する問題意識まで。お二人の目から見た研究の現在地と、今後の展望を聞いた。

心理学から、二つの経路で

——今回は、この「顔」プロジェクトに心理学の分野から参加されている、鈴木敦命先生と上田竜平先生にお話を伺います。まず鈴木先生、プロジェクトに加わることになった経緯から教えてください。

鈴木 敦命
もともと東京大学のヒューマニティーズセンター(HMC)の公募研究で採択していただいて、研究を進めていました。HMCでは、公募研究に採択されると、一人につき大体2回くらいオープンセミナーを担当することになっています。そのオープンセミナーに永井先生が来てくださって、後日メールで「何か一緒にできませんか」とご連絡をいただいたんです。それが最初のきっかけでした。

——その時点で、上田先生とはどんなご関係だったのでしょうか。

鈴木 敦命
当時は学会で少しお話したことがあるくらいで、直接共同研究をしたことはありませんでした。すでにそのときには、上田先生と永井先生のあいだで共同プロジェクト的なものが動いていて、僕はそこに合流するような形で、ワークショップなどに参加させていただきました。徐々に関わりが増えていった、という流れです。

——上田先生は、永井先生との接点はもっと前からだったのですね。

上田 竜平
はい。4、5年前になりますが、京都大学の学内ファンドの支援を受けて、他大学の先生と一緒にシンポジウムを開く機会がありました。そのとき、京都大学のURAと東京大学のURAのあいだで連絡があって、永井先生を推薦していただいたんです。お互いに「顔」——もう少し広く言えば「見た目」に興味のある研究者で、しかも全然違う分野ということで、一緒にやれば面白いことができそうですねという話になり、シンポジウムを共同で開かせていただきました。

——そのシンポジウムに、鈴木敦命先生も登壇されたんですね。

上田 竜平
はい。京都大学でセミナーを開催して、そこに鈴木敦命先生にも東京大学からお越しいただきました。それが始まりでした。あとは人文系の方や、画家として実際にご活躍されている方にもご参加いただきました。

——すでにそこで学際的なシンポジウムだったんですね。

上田 竜平
そうですね。その後、東京大学のHMCプロジェクトに私も合流させていただく形になり、永井先生を代表者として、1年半ほど一緒に活動させていただきました。

「フェイシズム」とは何か

——鈴木敦命先生がHMCで取り組まれていた公募研究を調べると、「フィクションへの接触とフェイシズムの関係」をテーマに、日本とイギリスで非常に多くのデータを集められていますね。読者のためにお聞きしたいのですが、「フェイシズム」というのは、特定の顔の特徴を持つ人にはこういう性格があるはずだ、というようなステレオタイプ的な見方から来るもの、と理解していいでしょうか。

鈴木 敦命
もう少し広い意味で言うと、ルッキズムの一形態と言っていいかもしれません。ルッキズムは、社会学の分野では多様な側面が論じられているので、単純なことは言えないんですけれども、「外見差別」と訳されることもあります。外見の中でも特に「顔」から、その人がどういう人かを判断して、その判断をその人との関わり方に利用してしまうことをここでは「フェイシズム」と呼んでいます。基本的には正確ではない印象なのに、たとえば選挙とか裁判とか雇用とか、そういうものに影響を持つこと自体が問題である、という意味を込めた言葉です。

——なるほど。

鈴木 敦命
ただ、もともとは違う意味で使われていた言葉だったはずです。社会学で、広告では男性は顔が中心的に扱われるのに、女性は顔も含めた体つきがクローズアップされて描かれる、というジェンダー差別的な文脈で使われていた言葉が「フェイシズム」だった、と。

——あ、いま検索してみたら、「視覚メディアにおいて男性と女性を表現する際、男性は顔が強調され、女性は全身が強調される傾向を指す」という説明が出てきますね。

鈴木 敦命
そうなんです。もとはこの意味で使われていたはずで、ただ、顔印象の研究が盛んに行われるようになってきたところで、同じ言葉だけれど違う意味合いで使われるようになってきた、という経緯があります。歴史的にはそのあたりにずれがあるはずです。

「あらゆる心理学のテーマは、意思決定に関わっている」

——鈴木敦命先生のご研究のルーツは、もともと「人の見た目と社会的な影響」のあたりにあったのでしょうか。

鈴木 敦命
いえ、出発点は意思決定と感情の関係でした。
それを最初にやって、その後、修士から博士課程までは顔の表情の認知の研究をしていました。それで、もともとやっていた意思決定の話と、顔の表情というか顔関係のテーマで、つながるものはないかと新しい方向を考えていたときに、ちょうど「顔の印象」や「顔の信頼性」が人の重要な意思決定に影響を与える、という話が世界的に盛り上がってきていたところだったんです。それで、そこに乗っかった、という感じです。

——「意思決定」というテーマから始まって、また戻ってきた。どうして「意思決定」というテーマが、そんなに面白いんでしょうか。

鈴木 敦命
うーん……(少し考え込む)
上田 竜平
あらゆる心理学のテーマは、意思決定に関わっていると言えるのかもしれませんね。「何が見えた/見えない」も意思決定ですし。

——確かに。

上田 竜平
そういう知覚的な意思決定と呼ばれる領域もありますし、顔に対する意思決定は、わりと「社会的意思決定」というもう少し広い枠組みで捉えられることが一般的かなと思います。

美的体験と、過去の顔

——上田先生のご研究のキーワードには、「親密な関係性の構築」と「認知神経科学」が出てきます。その視点から、この顔プロジェクトはどう位置付くのでしょうか。

上田 竜平
実は、親密な関係——いわゆる恋愛関係の心理神経科学とは別に、もう一つ専門にしているテーマがあるんです。それが「美的体験」です。アート作品を考えた際に、なぜ人は美を感じるのかを脳の面から明らかにしたい、というテーマです。

——美的体験。

上田 竜平
それが、まさにこのプロジェクトに関わっているんです。
たとえば、美術作品でいうと、顔はどの文化圏でもよくモチーフにされます。その顔に対する反応データを心理学的手法で集めることによって、いまは生きていないけれど、かつて生きていた人たちが何を考えてその作品を作ったのか、あるいは鑑賞者がどう感じていたと推測できるか——そういうことについて、何らか自然科学的な説明ができるのではないか、と。すごく面白いと感じています。

「なぜ人は顔から内面を推論するのか」

——鈴木敦命先生は、この共同研究のテーマを聞いたとき、どんな印象を受けましたか。

鈴木 敦命
基本的な興味のあるところに合致したんです。永井先生のインタビューを少し拝見したのですが、そこで「外見と内面のリンクの起源は何だろう」という問いが上がっていましたよね。まさに、究極的な問いは「なぜ人が顔から内面を推論するのだろう」というところなんです。その「起源」のところを問いたい。

——その起源には、心理学だけでは届きにくいんですね。

鈴木 敦命
心理学が扱えるのは、起源と言っても非常に至近的なメカニズムのところ——人がどういう情報処理や手がかりをもとに、「この人は信頼できる」「この人は能力が高い」といった印象を抱いているのか、というところに、基本的には限られてしまうんです。
「そもそも、そういう推論や、なんらかの仮定のようなものが、なぜ生まれたのか」というところに迫るのは、現代の人を対象にした実験ではほぼ無理なんです。

——絵画や文献を活用することで、もう少し迫れそうな感じはしますか。

鈴木 敦命
絵画や文献を研究すれば確実な証拠が得られるかというと、なかなか難しい。それでも、重要な手がかりにはなる。ですが、心理学のことしか知らない人間にはちょっとできないことです。
なので、美術史や文学史、哲学の先生方の議論や、「こういう資料・題材があるよ」と教えていただけるのは、「えっ、そんなのがあるんですか」と新鮮ですし、とても情報量があると感じています。

——お二人にとって、ずっと気になっていたことを知る手がかりが、歴史上の意外なところにあった、という世界の広がり方なんですね。

上田 竜平
まさに、HMCプロジェクトの題目もそのようになっていたように思います。確か「過去から未来へ」のような副題がついていたんでしたっけ。

「卒業アルバム」のような絵——『公家列影図』との出会い

——そうやって共同研究を始めるとなって、最初の一歩はどう動かしたのでしょうか。

上田 竜平
思い返してみると、永井先生とお話しする中で、「過去に描かれた顔が、現代の我々にとって同じように美しいと判断されるのか」という問題意識から始まりました。それに対して心理学的な観点でどう貢献できるかを考えたとき、鈴木敦命先生がこれまでされてきた研究と同じように、顔を見せて印象評価のデータを収集することはできそうだ、というところまではすぐに思いつきました。

——あとは、どの作品で実験するか、ですよね。

上田 竜平
そこが、私たち心理学側の人間には全く知識がないところでしたね。髙岸輝先生、鈴木親彦先生がご参画くださって、「こういう作品が多分一番いいですよ」と提案していただいたのが、『公家列影図(こうけれつえいず)』でした。

——どんな絵なのでしょうか。

上田 竜平
鎌倉時代当時に生きた、今でいう大臣級——公卿の人たちの姿が57人、ずらっと並んでいる絵です。57人が全員、同じフォーマットで描かれているのですが、各個人の顔はすごく写実的に描かれている。それ以前にはあまり類を見ない作品だったようです。
別の作品と照らし合わせることで、これはおそらくこの人だろう、という特定が、現在ではほぼ全員済んでいるそうです。

——こんな絵があったんですか。なんだか、卒業アルバムみたいな感じですね。

上田 竜平
まさにそうです。卒業アルバムの写真は、心理学の顔研究、特に昔の研究ではよく使われていました。同じフォーマットで揃っているので、研究で使い勝手がいいんですよね。心理学の研究者だけのチームだったら、絶対にたどり着けない情報だったと思います。

——鈴木敦命先生のほうは、心理実験には具体的にどう関わられているのでしょうか。

鈴木 敦命
基本的に、心理の実験は上田先生に色々担っていただいて、私はディスカッションをしながら進めるアドバイザー的な形で関わっています。

——『公家列影図』にたどり着く前には、別の候補もあったのでしょうか。

鈴木 敦命
実際の研究を始めたのはこの挑戦的研究の前、HMCの共同研究のプロジェクトのときで、数年前のことで記憶もあやふやですが、最初は鈴木親彦先生のインタビューにも出てきていた「顔貌コレクション」を題材にしようかという話から始まりました。
あれは非常にたくさんアノテーションがついていて、データベースとしてはとても魅力的なんですが、いろんなソースから集められていて、作者も時代も描き方も違うんです。そうなると、仮にこのデータベースの顔の印象を調べて違いが出てきたとしても、それが対象人物の「描き分け」によるものなのか、単に作者や時代ごとに異なる色遣いや筆致のパターンによる印象の違いなのか、判別がつかないんですよね。

——なるほど。変数が多すぎると。

鈴木 敦命
当時の人が顔からどういう印象を受けていたかは、上田先生がタイムマシンを発明されない限り分からないので(笑)、まずは「顔の描き分けがそもそも行われていたのか」というところは実験的に迫ることができる。ただ、それをやるためには筆致・描き方が統一されていないと、色遣いの違いが答えに出ているだけかもしれない、ということになってしまいます。

——それで、いわば「無茶ぶり」をされたわけですね。「こんな絵はないですか?」と。

鈴木 敦命
そうですね。「何か、画一的なフォーマットでたくさんの人が描かれている絵ってないですかね? できれば何十とか何百とかあった方がいい」と、無茶ぶりみたいなことをしたら、何百は難しいけれど、何十枚くらいだったらこういうのがあるよ、と。

——どんぴしゃで応えてくれる先生がいたんですね。

鈴木 敦命
そうなんです。「あ、こんなのあるんですか」という感じで、まさに実験におあつらえ向きの作品でした。

13項目を、二つの軸へ

——具体的には、どんな調査をされたのでしょうか。

上田 竜平
先ほどの『公家列影図』の肖像を、まず顔の部分だけ切り出す作業から始めました。Photoshopで、公卿の顔を枠で切り抜いて、ひたすら保存していきます。それを57番まで。論文にも、「こんな感じでくり抜きました」と分かるように画像を載せています。

——そこから、どんな手法で実験を進めたのですか。

上田 竜平
鈴木敦命先生が以前にされた研究と同じように、たくさんの参加者に集まっていただいて、オンラインで調査をしました。各参加者が自分のパソコンから調査ページにアクセスする形です。そこで出てきた肖像に対して、こちらであらかじめ定めた13種類の印象について、どれくらいそう感じるかを評価していただく、という課題でした。

——13種類の印象、というのはどんなものでしょうか。

上田 竜平
この課題自体は、顔認知の研究で広く使われている手法に則っています。全般的にいろいろな顔の特徴を網羅する特性印象として、13種類の印象項目が抽出されているんですね。

——結果は、どんなふうに出てきたのですか。

上田 竜平
13種類の印象を、相関パターンによって分類する統計手法があるんです。たとえば「項目AとBはすごく相関している、でもCとは全然違う」というパターンを使って項目どうしを結びつけて、13から次元を減らしていく。すると、最終的に、13項目からたった2つの項目に集約されていきました。
実はそれが、実在の人物の顔印象についての先行研究と、ほとんど似たような構造になっていた、というのがメインの結果になります。

——その二つの軸というのは。

上田 竜平
ヴァレンス——「良い/悪い」というものと、ドミナンス——支配性、「どれくらい支配的か」というものです。この二つに基づいて、オンライン実験に参加した人たちは、各肖像の印象を判断しているようだ、ということが確認できました。
先行研究と似た構造になっているということは、つまり、我々が実在の人物に対して印象評価をするときと同じような判断基準で、時代的には遠く離れた鎌倉時代に描かれた肖像に対しても、同様の印象評価をしているようだ、という結果です。
鈴木 敦命
補足すると、これをもって「当時の人が、顔から信頼性や支配性の印象を抱いていた」とまでは言えない、というのは大事なところです。
あくまで、鎌倉時代の肖像画に対する現代人の捉え方に過ぎないんです。ただし、信頼性や支配性についてある程度ばらついた、それぞれを区別するような印象を抱ける程度の情報量を持つ顔の描き分けが、すでに当時行われていた、ということは指摘できると思います。

——たとえば「のっぺりした顔だ」ということしか分からない描き分けだったら、こういう結果は出てこないわけですね。

鈴木 敦命
そうですね。もともとこの二次元モデルを提案したアレクサンダー・トドロフは、線画ではなく、CGの顔画像や写真を使った研究で、ヴァレンスとドミナンスが基本的な印象の軸として考えられる、ということを提唱したんですね。
それと同等のものが、基本的には「線」で描かれた——「単純」と言ってしまうと語弊があるかもしれませんが——鎌倉時代の肖像画でも認められた。つまり、そういう印象の違いが分かる程度の描き分けを、当時の人がやっていたようだ。ここからは完全に想像にはなりますが、ということは、「顔に内面を込める」という営みがすでに行われていたのかもしれない、と。
かなり慎重な考察しかできないんですが、論文の中ではそういうことを論じた、という形です。

「先行研究と変わらない」が、なぜ発見になるのか

——いま伺っていて、はっとしたところがあります。「これまでの研究と大体同じ結果でした」という言葉だけ受け取ると、素人として「ふーん」で終わってしまいそうだったんですが、鈴木敦命先生の説明で論理が裏返りました。私たちが実在の人物に対して感じるのと同じくらいの構造で印象が集約された——ということは、それだけの情報量を持つ描き分けが鎌倉時代に行われていたと言える、と。そのロジックの持っていき方が面白いですね。

鈴木 敦命
ただ、とても微妙なところで、心理学の中でももっと厳密な志向の強い研究者は、たぶん受け入れない論理だと思います(笑)。
上田 竜平
まさにこの論文を雑誌に投稿した際に、「実在の人への印象判断と変わらないなら、新規性がないのではないか」という批判がついたんです。それに対して、この研究の独自性をアピールするためにみんなで議論を重ねて、鈴木先生がいまおっしゃったような結論に至った、という経緯がありました。科学研究としてはすごく健全なやりとりだったと思います。

——「で、客観的に見て、何が新しいの?」と聞き返されたわけですね。私のような人文系だけをやってきた人間からすると、ちょっと違う雰囲気の指摘だなと思います。

上田 竜平
実は自分も、文学部出身なんです。文学部に入学したのは、まさに美学・美術史学をやりたかったからなんですが、最初の1年目の授業で、当時の自分にとっては、研究者の主観に強く依存するような分野に感じてしまいまして……。そうじゃなくて、定量的手法から得られたデータに基づいて、客観的に議論できる方が自分には向いているなと思って、心理学に転向しました。

——好きなものは好きでも、語り方が自分にしっくり来なかった、ということですね。

上田 竜平
そうですね。「量的に、10より20」みたいな形で話したい気持ちが強いです。

絵の世界から、記述の世界へ

——共同研究のメンバーの方々は、この研究にどんな反応をされたのでしょうか。

上田 竜平
美術史学ご出身の髙岸先生と鈴木親彦先生には、『公家列影図』の論文に著者として入っていただいています。お二人からはまさに、「主観的体験、心の働きを定量的に見える形で扱う」という心理学のいちばん基本的な特徴が、これまでの人文学の鑑賞からはなかなかなかった見え方だ、とおっしゃっていただきました。
HMCのセミナーでも何度か発表の機会があり、たくさんフィードバックをいただきました。特に、いまも一緒に取り組んでいる石井先生は、HMCの外部ゲストとして何度かいらっしゃっていて、そこで興味を持っていただいて、心理学・美術史学チームに加わっていただきました。

——石井先生は、何にご興味を持ってくださったのでしょうか。

上田 竜平
先ほどの『公家列影図』がまさにそうなんですが、「実在の人を描いている」というテーマです。論文の中ではあまりアピールはしていなかったのですが、すごく大事な、貴重なデータだ、とおっしゃっていました。他の史実データ・資料データと結びつける余地がある、と。

——具体的には、どんな結びつけが考えられますか。

上田 竜平
「この大臣は、ほかの大臣よりも歴史的に認められている影響力が大きかった」というような観点での評価ができる余地が残っています。たとえば、良い業績を残した人は肖像画では有能さが強調されて描かれているのではないか、というようなことを議論したのを覚えています。絵の世界から、記述の世界に戻っていくようなイメージですね。今後の発展の、一つの方向性だと考えています。

——ひとくちに文献資料といっても、いろいろな性質のものがありますよね。『大鏡』などの歴史物語もあれば、『小右記』のような事実ベースの日記もある。それらをうまく使いこなしていけると、面白くなりそうだなと想像しました。

上田 竜平
すごく大事そうですが、お答えするのが難しいご質問でもありますね(笑)。テキストベースの分析手法はたくさん出てきていると思いますので、何らかの形で定量的に落とし込むことができれば、顔に対する印象データとの相関を取ることはおそらくできるかなと思います。中村覚先生はおそらくその分野にお強いんだろうなと、勝手にではありますが、思っていました。中村先生とはまだ実際の連携は始まっていないのですが、面白そうですね。

ヨーロッパの500年、日本の可能性

——『公家列影図』のような「卒業アルバム」のような形になっている美術作品は、他になかなか出てこないかと思います。他の美術作品には、どうやって立ち向かっていくんでしょうか。

上田 竜平
私たちの研究とは別の問題ですが、同じく「肖像」に対して心理データを集めている研究はいくつか見つかっていまして、その中で個人的に特に面白いなと思ったものがあります。ヨーロッパの1500年から2000年に描かれた膨大な肖像画を取ってきて、それを機械学習アルゴリズムに投げると、信頼できるかどうか——トラストワースネスの推定値を出せるんです。その数値が、1500年から2000年に向かうにつれて、平均的には上がっていく傾向が見出された、と。つまり現代に近づくほど、肖像に描かれる人物が信頼できるように強調して描かれるようになっていった、という論文が、2020年に出ています。

——時代や地域や書き手が違っても、大きな流れを見られるんですね。

上田 竜平
そうですね。日本版でも、同じようなことができるかもしれません。

——お二人の分野でも、AIの活用は普通になってきているんでしょうか。

上田 竜平
論文を書く際に英文の清書を出してもらうとか、プログラミングを書いてもらうとか、そういう用途では、テクノロジーのレベルがどんどん上がっていますね。最近聞いた話だと、顔画像を投げるとその人の「印象の推定値」をAIが出してくれるそうなんです。その数値が結構正確で、人が評価して集めたデータとの相関がそれなりに高いそうです。

——人が判断して揺らぎが出るよりも、安定して使えるかもしれない、と。

上田 竜平
その可能性はあるかもしれませんね。

——鈴木敦命先生から見て、AIや情報技術の活用で、これまでできていたことが大きく変わるな、と感じる動きはありますか。

鈴木 敦命
AIの活用というのとはちょっと違うかもしれませんが、それこそ先ほど話に出た中村先生の情報科学的な分析ですね。たとえば『公家列影図』などで描かれているような肖像画の人物について、どういう記述が他の文献にあって、それと肖像画の印象との関係を調べる——というのが一つのやり方です。それだけではなくて、文献だけのレベルでの分析も非常に面白いところで。

——たとえば、どんな分析でしょうか。

鈴木 敦命
「顔に関する記述」と、どういう「言語表現」が一緒に現れるのかを調べる、ということですね。
そうすると、顔とその人の特性や、あるいは感情といった内面を「一緒に記述する」という営みが、いつの時代から出てきたのか、どういう評価が顔と一緒になされやすいのか、というところを追えるようになります。中村先生をはじめ、情報学の研究者の方々との協働が力を発揮する研究テーマだと思います。日本だけではなく、さまざまな国の民話データなども含めて、もっと資料を広げれば、地理的にどういうところで生まれてきたかも辿れるかもしれない。

——大量のテキストデータがデジタル化されて、AIで自動処理できるようになった今だからこそ、ということですね。

鈴木 敦命
そうです。そこまで辿り着けるかどうかは分からないのですが、辿り着けるといいなと思っています。「外見印象から内面を評価する」ことの起源がどこにあるかを調べる、現在取りうる一つのアプローチなので。

「普遍」を疑うところから

——折り返しを迎えるプロジェクトが、ご自身の研究史の中でどう位置付けられているか、これからの夢や野望もお聞きしながら最後にしたいと思います。上田先生はいかがでしょうか。

上田 竜平
正直なところ、あんまり壮大な観点でここまで考えてはいなくてですね。
本当に好きなことを、心理学以外の方とも交流しながら協働すること自体が、すごく楽しいと感じています。特に『公家列影図』のように、それまで自分が生きてきた中で存在すら知らなかったものに触れる、というのはすごく大きな出会いでした。
自分自身の研究が、意識していなくても結果的に横方向に広がっていった、という点で、すごく価値のある活動だったと思っています。

——専門の近い方と接する機会が、どうしても仕事上多くなる中で、ということですね。次の1年半は、テキストなど別の情報源も含めて、何が言えるかを深めていく段階でしょうか。

上田 竜平
そうですね。先ほど申し上げた石井先生にご協力いただいて、史実データと結びつけた相関の解析も、いままさに行おうとしているところです。

——鈴木敦命先生はいかがですか。

鈴木 敦命
心理学、特に実験心理学は、欧米圏の地域を中心に——要は限られた大学生などを参加者にしているので——それなりに豊かで都市部に住むような人たちをもとにした知見によって組み上げられてきたところがあります。
それが何十年か、20年くらい前から、心理学の学会や学術界でかなり反省として振り返られてきました。

——心理学という学問の出自といいますか、もともともっている構造に対する反省ですね。

鈴木 敦命
そこからまず始まって、最近は地域や文化といった空間的・地理的な多様さに加えて、時間軸も増やしましょう、という野心的な方向に行っているんです。私たちのやっているような認知心理学では、調べている心のメカニズムは、想定としてはたいてい多くの人々に共通の——「普遍的」と言ったりするんですが——ものであることを前提としてやっていたりするんですけれども、それはあくまで前提です。
実際には多様性があって、地理的な多様性もあるし、時間的な多様性も実際にはあったりします。そういった角度からの研究を、これからの心理学は取り組んでいくべきだ、という流れがあって。

——そのためには、心理学者だけではできない、と。

鈴木 敦命
まずできないと思います。いわゆる文理融合もですし、文系の中の分野どうしの協働——「文文融合」のような、様々な分野とタッグを組んでいくことが必要です。そういう動きに少しでも関われるようになっているのは、とても刺激的で楽しいですし、研究のスコープを広げられると面白いなと思っています。

——心理学という学問の成り立ちから見て、構造的に心理学だけでは限界があるという話、目から鱗でした。そこから「それだけじゃない軸もあるんだよ」と進んでいくことが、東アジアの日本でやる意義、時代を越える意義につながっていきそうですね。これまでの心理学では辿り着けなかったところに届く可能性を感じました。本日はありがとうございました。

上田 竜平
ありがとうございました。
鈴木 敦命
ありがとうございました。