ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第二十八回となる今回のインタビューでは、様々な理論が論争を繰り広げる国際関係論の世界に、歴史をデータとして分析する「実証」的アプローチを持ち込み、現代における米中関係の行方を探る、研究者の洲脇聖哉さんにお話を伺います。

歴史を科学する:文理融合で挑む国際関係論の未来

——それでは、洲脇さんが現在取り組んでおられる研究について、具体的にお聞かせいただけますか。

私の研究を一言で言うと、「アメリカと中国は本当に戦争を起こすのか」という問いを探求するものです。このテーマについては様々な議論がありますが、論者の立場によって意見が大きく分かれる傾向があります。アメリカの研究者は中国を脅威と見なして挑戦者として描き、中国の研究者は自国の平和的な台頭を主張する。どちらも、それぞれの立場からのバイアスが強くかかっているように感じます。

——そのバイアスを乗り越えるために、どのようなアプローチを取られているのですか。

米中関係が悪化した根本的な原因は、イデオロギーの違いではなく、両国間のパワーバランスが急激に変化したことにある、という仮説を立てています。ボクシングでも将棋でも、新進気鋭の挑戦者が現れて、絶対王者の地位を脅かし始めると、両者の関係は緊張しますよね。それと同じ構図が、国家間にもあるのではないか、と。そこで、歴史上、同じようにパワーバランスの逆転が起こった国家間の事例を世界中から集め、それらを統計的に分析することで、戦争に至るケースと至らないケースの法則性を見つけ出そうとしています。

——歴史上の膨大な事例をデータとして分析するわけですね。

はい。同様の研究はこれまでにも存在しましたが、その多くは分析対象が西洋史に偏っているという問題点がありました。私の研究では、そのサンプルをアジアやその他の地域にも広げ、より普遍的なデータセットを構築することを目指しています。そうすることで、現代の米中関係が戦争に向かう確率を、より客観的かつ正確に予測できると考えています。歴史という人文学的な事象を、統計学という科学的な手法で分析する。まさに、文理融合的なアプローチです。

——今後の研究の展望について、二つの大きな目標を掲げていらっしゃいますね。一つは「データセットの拡充」、もう一つは「分析手法の高度化」です。

まず、既存の国際関係論が、あまりにもヨーロッパ中心史観に偏っているという問題意識があります。大航海時代以降のヨーロッパ列強、あるいはアメリカを含めた「大西洋リーグ」の覇権争いの歴史をベースに理論が構築されており、それ以外の地域の経験はほとんど無視されてきました。私は、日本語と中国語が使えるという強みを活かし、まずはアジアの事例を中心に、これまで光が当てられてこなかった歴史を丹念に拾い上げ、世界中の経験を反映した、真にグローバルなデータセットを構築したいと考えています。

——もう一つの「分析手法の高度化」についてはいかがでしょうか。

国際関係論の分野では、まだ量的手法の活用は限定的で、それだけ大きなポテンシャルが残されているとも言えます。今後は、機械学習やデータサイエンスといった、より高度な分析手法を取り入れることで、さらに客観的で精度の高い結論を導き出していきたい。私自身は統計学の専門家ではありませんから、この領域では、理系の研究者との協業が不可欠になると考えています。

——文系・理系という垣根を越えた協力が、研究をさらに深化させるのですね。

その通りです。私の研究は、歴史学、地域研究、統計学、そしてデータサイエンスと、あまりに多くの領域にまたがっているため、一人で全てをやり遂げるのは不可能です。各地域の歴史や言語に精通した専門家や、高度な分析技術を持つ理系の研究者と手を取り合うことで、初めて実現できる目標だと思っています。

——最後に、今後の抱負をお聞かせください。

これまで、留学、就職、資格取得と、一見すると回り道ばかりしてきたように思われるかもしれません。しかし、その一つ一つの経験が、今の自分の研究を支える血肉となっています。例えば、現在の監査法人での仕事を通じて、経済的な視点から国家や多国籍企業の力を分析する能力を養っています。これもまた、経済力が軍事力と同等、あるいはそれ以上に重要視される現代の国際関係を読み解く上で、強力な武器になるはずです。これからも、既存の学問領域にとらわれることなく、多様な視点と手法を貪欲に取り入れながら、自分にしかできない研究を追求していきたいと思っています。