ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第二十八回となる今回のインタビューでは、様々な理論が論争を繰り広げる国際関係論の世界に、歴史をデータとして分析する「実証」的アプローチを持ち込み、現代における米中関係の行方を探る、研究者の洲脇聖哉さんにお話を伺います。
「回り道」が拓く未来:研究基盤を固める戦略
——留学中の経験で、台湾の大学院を選んだ背景には何か理由があったのですか?
北京での生活は非常に充実していましたが、歴史や政治について議論する際に、若干の窮屈さを感じることがありました。例えば、台湾やチベットの問題に触れたり、近代の東アジア史について日本人としての視点から話したりすると、場の空気が少し緊張するのを感じることがあったのです。
——デリケートな話題であるがゆえに、自由な議論がしづらい側面があったのですね。
ええ。私は先ほどの「純粋性」の話とも繋がりますが、研究者として、証拠を集めて導き出した結論は、たとえそれが特定の国にとって耳の痛いことであっても、ありのままに表明したいと考えています。周囲の環境に忖度して、表現を和らげたり、結論を歪めたりすることは絶対にしたくない。その点、台湾の方がより自由な言論空間が確保されているのではないか、と考えたのです。そうした思いも、台湾の大学院を選ぶ一因になりました。
——修士課程を修了された後、一度就職されていますね。あれほど研究に情熱を注いでこられた中で、なぜビジネスの世界に?
経済的な理由が大きかったですね。修士課程では幸運にも奨学金をいただくことができ、両親に大きな負担をかけることなく学ぶことができました。しかし、博士課程に進学した場合、この先も継続して支援を受け続けられる保証はありません。博士課程の学生の中には、経済的に厳しい生活を送っている方も少なくありませんでした。このまま幸運が続くと考えるのは少し甘いのではないか、と思ったのです。
——なるほど。経済的な安定という現実的な問題があったのですね。
はい。それに、周囲からのアドバイスも影響しました。「君は社会に出てもやっていけると思うから、一度仕事の世界を見てみるのも良い経験になるのではないか」と言ってくれる人がいたのです。そんな折に、軽い気持ちで就職活動をしてみたところ、幸いにも【Amazon Japan】から内定をいただくことができました。提示された条件も魅力的でしたし、修士課程で面白さを感じ始めていたデータ分析のスキルを実社会で活かせるという点にも惹かれました。アカデミアの外で実践的な視点を養うことも、将来的に研究に役立つかもしれない。そんな期待もあって、一度就職するという決断をしました。
——実際に働いてみて、いかがでしたか。
仕事は面白かったですし、多くのことを学びました。ただ、心のどこかでアカデミアへの未練が断ち切れない自分もいました。そんな中、ある学会で研究発表をする機会があったのですが、その時に「ああ、やっぱり自分は研究が好きなんだ」と再認識してしまったのです。
——ビジネスの魅力と、研究の魅力。その違いはどこにあると感じますか。
私にとってビジネスは、もちろん社会的に意義のある仕事ではありますが、突き詰めると金銭的な報酬やキャリア形成という、ある種の育成ゲーム的な側面に動機づけられている部分が否めません。一方で研究は、経済的な不安と隣り合わせではありますが、自分自身の知的好奇心を最大限に発揮して、何かに夢中になれるという、何物にも代えがたい魅力があります。極端な話、生活を維持できるのであれば、仕事をしなくてもいいとさえ思っています。
——その葛藤の中で、ひとつの大きな決断をされますね。【USCPA】、つまり米国の公認会計士資格を取得されています。これはどのような経緯だったのでしょうか。
キャリアに悩んでいた時期に、大学院時代に知り合った数名の【USCPA】資格保持者のことを思い出したのです。もともと資格を取得すること自体が好きで、知的好奇心を満たすという意味で自分に向いていると感じていました。話を聞いてみると、日本の公認会計士試験が年に数回しかチャンスがないのに対し、【USCPA】は科目別にいつでも受験できるなど、非常に柔軟な制度であることが分かりました。海外の大学院を卒業し、外資系企業で働いてきた自分のキャリアとも親和性が高く、日本においても独自の専門性を発揮できるのではないかと考えたのです。
——働きながらの資格取得は大変だったと思いますが。
8ヶ月ほどで取得できました。科目別に短期集中で攻略できる試験制度が、私には合っていましたね。ゲームのステージを一つずつクリアしていくような感覚で、楽しみながら取り組むことができました。
——その資格を活かして、現在は【監査法人】で働いておられるのですね。キャリアと研究、二つの道を歩む上で、現在の仕事はどのような位置づけなのでしょうか。
研究への道も常に視野に入れつつ、現在の仕事も非常に重要だと考えています。専門性を活かして働くことで得られる経済的な安定は、長期的な視点で研究に取り組む上での大きな支えになります。キャリアを築くことと研究を深めることは、決して二者択一ではないと思っています。むしろ、現在の仕事で得られる、企業や経済を分析する力は、間違いなく今後の研究に活きてくると信じています。
最後は今後の研究について伺います。



