ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第七回は戦争とスポークンワーズ研究の猫道(猫道一家)さんです。

猫猫道さんは1998年より演劇活動を、2008年よりスポークンワーズの活動を開始し、明治大正演歌のカバー、野外朗読、楽器との即興セッションなど、特色ある視点とテーマで「声」「言葉」の可能性を拡張する試みを行っていらっしゃいます。ウエノポエトリカンジャム, Poetry Slam Japan, KOTOBA Slam Japan等、ポエトリーリーディング/スポークンワーズ関連のイベントで司会も務めていらっしゃいます。

独学者に向けて

Q4-1. 今回のテーマ「戦争とスポークンワーズ」に近いテーマで何か“独学”したいと思ったら、まずはどんな情報源から当たるといいと思いますか?

例えば、どんな言葉やプロパガンダが当時あったのか?を知りたいときは、“戦時広告”を入り口にするといいと思います。私は最初、戦時広告がまとまっている書籍にあたりました。

戦う広告 若林宣

広告はビジュアルなので、ひと目みて分かる。色もついていますし、伝えたいことの意図もはっきりしています。何より、世相がそのまま出ているから、その広告じたいが何かを強烈に物語っているといえます。現物をみるのが先、考察はあと、でも構わないと思います。

あとは、レコードや音源がYouTubeにたくさん上がっているので、当時の人もこれを聞いていたんだなと思いながら聞けますね。当時の人が味わっていたものを自分も味わうというのは、最初の一歩として良いと思います。

ミュージアムで現物をみるのもおすすめです。東京・九段下の昭和館では、前世紀の生活用具などの実物・再現に加えて、戦前戦後の貴重な映像資料も視聴することができます。書籍で知識を入れつつ、現物、生のものを味わうのも大切ですね。

Q5-1. ひとりで研究=“独学”を進める中で、難しいと感じた点はありましたか?もしあればどのようにカバーした/したかったでしょうか。

情報はがんばれば手に入るんですが、その先ですよね。自分が収集・編集した情報に対して、“ツッコミ”を入れてくれる人がいないので、独りよがりになってしまう怖さはありました。そこの怖さを、自分は「歌にする」という手段で回避していた、という部分もありますが……

もう一つは、替え歌などの俗謡は、誰がいつ作ったのかという情報がないので、真偽が確かめられない。戦中戦後の当時を過ごした人が身近にいればよかったんですけどね。軍歌を実際に口ずさんでいた方に取材をするとか。専門の研究者だったら、インタビュー調査とかフィールドワークもできるでしょうけど、仕事をしながらだとどうしても厳しいです。戦時中のできごとを戦後に映像化した作品なども、もちろん手がかりになりえますが、脚色が入っている可能性もありますし、難しいですよね。

Q6-1. 今後また“独学”をする機会があったら、例えばどんなテーマで、どんな形でシェア/アウトプットしてみたいですか?

次は“労働歌”をテーマにしてみたいです。

アメリカ南部のブルース、船乗りの歌、農作業の歌とか、炭鉱の歌……いろいろ調べていくと、相違点や共通点が見つかったり、比較文化研究のようで面白いのかなと思っています。

私は現在、塾講師はやめて、職業訓練校講師として働いています。仕事をさがしている人たちにWord・Excelの使い方や履歴書の書き方を教えているんですが、冷え込んだ就職市場で仕事をさがしている人たちを見ていると、令和の労働歌みたいなものは作れるんじゃないか?という気がしています。

事実、日本の経済状況が悪くなればなるほど、労働歌の受容が高まっていると思います。

実際に10代の人たちのラップを聞いていると、厳しい状況に置かれている人たちが、ラップに活路を見出していたりします。ひとり親家庭とか、ミックスとか……貧困や差別と隣り合わせの困難な環境で生きている若者達が、ラップの歌詞に気持ちを乗せて己を語ることで自身を支えるような、そんな時代になっている。いまもし大学に入れるなら、社会学でそういうテーマをやってみたいですね。

私のような、大学卒でもなかなか賃金が上がらない人たちも増えている。そうすると、“低賃金正社員のブルース”みたいなものが、今後求められてくるかもしれません。経済状況は人それぞれだと思うけれど、順風満帆とは言えないはずでしょう。ハローワークに通っている人も、かたや人文学の研究者も、それぞれに窮地に立たされているわけですし、そういう人たちの労働歌を聞いてみたいとも思いますね。

時代をさかのぼって例をあげるなら、『万葉集』の貧窮問答歌。万葉集を書いていた人たちももしかしたら高給取りだったのかもしれない。でも、生活が苦しい人たちのことが想像できなければ詠めないはず、と思うんですよね。本当は貧しい人の側だったから書けたことなんじゃないかって。普遍的だし、グローバルに通じそうなリアリティがある。そしていま現在、私の周りの人たちも実際に労働歌を作り始めています。

そういうわけで、今後、“労働歌”を深掘りしていきたいと思っています。