ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第七回は戦争とスポークンワーズ研究の猫道(猫道一家)さんです。
猫道さんは1998年より演劇活動を、2008年よりスポークンワーズの活動を開始し、明治大正演歌のカバー、野外朗読、楽器との即興セッションなど、特色ある視点とテーマで「声」「言葉」の可能性を拡張する試みを行っていらっしゃいます。ウエノポエトリカンジャム, Poetry Slam Japan, KOTOBA Slam Japan等、ポエトリーリーディング/スポークンワーズ関連のイベントで司会も務めていらっしゃいます。
研究の面白さ
Q3-1. 研究をしていて、どんなところが面白かったですか?
「歌」の広がりと発展性、です。
戦中戦後の軍歌や反戦歌のことを調べていてハッとしたのは「替え歌」の発展性ですね。例えば、『同期の櫻』という、よく知られた軍歌があります。それも実は、ちゃんと作詞者のいる、戦友の歌でした。その歌詞が、特攻隊員たちによって替え歌になり、『同期の櫻』として広まったんです。
『同期の櫻』は、誰の替え歌かがわかっているのですが、それをまたさらに替え歌にしたものもあって、戦争に対するマイナス感情を匂わせる替え歌もありました。抑圧された人たちが、歌に本音を託していくみたいなことが起きていたんですね。
もちろん、歌った人がわかれば処罰されてしまうので、替え歌の作者は不明であるケースがほとんどなのですが、やはりそういった、歌の広がりがあるというところは面白かったですね。
「戦争とスポークンワーズ」の授業では、『可愛いスーちゃん』という歌を取り上げて、自分でもアレンジして歌ってみました。歌詞は、故郷に残してきた恋人が恋しいみたいな内容です。当時としてはとても気弱な歌なので、もちろんレコードなんか出せない。おそらく兵士たちの間で口ずさまれたものが、戦後にレコードとしてリリースされました。
ーーなるほど、いわば“詠み人知らず”みたいなことですね。
もうひとつは、1967年のベトナム戦争当時、アメリカのワシントン・ポスト紙に、岡本太郎らが出した反戦広告。「殺すな」というフレーズが大きく書かれています。
この「殺すな」というフレーズが、今度は2003年のイラク戦争のサウンドデモで使われたり、ラップの歌詞に取り入れられたりしました。また、安保法制の抗議活動が活発だった時期には、バンド アーバンギャルドが「殺すな」のフレーズを歌詞に引用しています。時代を超えて、反戦のキャッチフレーズが伝播していくという現象が、面白かったです。「戦争とスポークンワーズ」の授業でも、私も自分なりの「殺すな」を歌ってみました。
そうそう、「殺すな」をはじめとしたフレーズの伝播は、自分自身がデモに参加する中でも感じていたかもしれないです。デモって、皆で声を合わせて言葉をコールするんですが、その言葉は誰かが考えたもの。それがたくさんの人に浸透すると、アレンジが加わって発展することもある。それが、また違う意味をもち始めることもあります。それは、実際にデモの現場に行かないとわからないことでした。
そして、フレーズを考えた人が亡くなったとしても、フレーズだけは残るんですよね。例えばラッパーのECDさん[1]ラッパー … Continue readingみたいに。それもまた面白い現象だと思います。
最終回は独学者に向けたメッセージと今後の独学について伺います。
References
↑1 | ラッパー ECD(故人)の反戦歌の歌詞に登場する「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」というフレーズは、「言うこと聞かせる番だ俺たちが」にアレンジされ、デモのシュプレヒコールとしてECD没後も残っている。 |
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