このインタビューは全2回シリーズ
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——中丸先生は、「まずは面白がって観察する」という姿勢が大前提にありますよね。研究者としてこうあらねば、と特別に努力しているというより、生き方の延長線上で成り立っているように感じます。そもそも文学や人文系を志されたのも、そういう「これをやったら楽しいんじゃないか」という始まりがあったのでしょうか。

鋭いですね。まず先に言っておくと、いわゆる「文学」というのも、実は価値判断なんですよ。平安時代、和歌は「文学」じゃなかったんです。時代によって「文学」の概念も変わっていくんです。

だから、現代の制度で「文学とされていないもの」を文学として研究している、というのが僕の一つの立場です。

——ちょっと意外かもしれません。

もともと僕は人文的な人間だったんだと思うんです。効率化だとか、勉強して点数を上げるということに、今までほとんど関心がなくて。そういうの、つまらないんですよ。楽しさがないとできない人間なんです。

僕はロストジェネレーションの世代なんです。1999年に大学入学、2003年に卒業の、いわゆる就職氷河期世代。当時は「就職しなくちゃいけない」という社会的な風潮が、今よりもっと強固でしたしね。終身雇用はもう壊れ始めていた時代だけど、それでも「就職しないと生きていけないよね」という時代だった。だから、僕も教員になろうと思ったんだけど、倍率がものすごく高かった。それで、就職活動もしようと思ってセミナーや説明会に出たんですよ。そこで思ったんです、「就職活動、楽しくないな。そこにいる大人、魅力的じゃないな。やめよう」と。

——早々に見切りをつけたわけですか

セミナーの講師の先生が全然魅力的じゃないんですよ。一例を挙げると、就職セミナーで「履歴書には、初めに押印しましょう」と言われるわけです。僕は当然、「何かいわれがあるのかな」と思って。「押印って最後にするものなんじゃないかな、最初に押すのは何か歴史的な意味があるんじゃないか」と前のめりになった。

そうしたら、当時は履歴書も全部手書きだから、「最後に押印を失敗したらもう一度書き直しになるから」という理由だったんです。ずっこけましたよね(笑)。いちいち就職セミナーで教えるようなことじゃないでしょう、って。ほかにも、「日経新聞を取ってください」「パソコンは一人一台持ちましょう」とか。こんなつまらない話に付き合いたくないし、この人たち楽しくなさそうだな、と思って、それでやめたんです。

——大学院に進まれたのは、その流れでですか。

僕のうちは普通のサラリーマン家庭で、裕福というわけじゃなかったけど、親には「最低でも教師になるから」と適当なことを言って大学院に進学したんですよね。「面白いテーマを見つけたから」とかなんとか言って、あんまり深く考えずに。

そもそも、大学で日本文学をやりたくて入ったわけでもないんです。僕、学習院大学に行きたかったんです。駅から徒歩2分なのに森があって、建物も綺麗な、あのノーブルな雰囲気が好きで。僕は労働者の家庭に生まれたから、憧れがあった。だから、入学できれば学部はどこでもよかったんです。勉強なんかする気もなくて、「キャンパスライフを楽しむぞ」と思っていて。

——潔いですね(笑)。でも、日本文学に興味をもつきっかけがあった。

授業が面白かったんですよね。最初は興味がなかったから、後ろの方に座っていた。でも、「あれ、高校と違う話をしてるな」と思いながら、だんだん前の方に席を移していって、最後は一番前で聞くようになっちゃって。

楽しかったので、「もうちょっと続けようかな」くらいの感じでしたね。

——大学の授業で感じた楽しさは、就職セミナーで聞くようなものとは大違いだった、と。何がそんなに刺さったんでしょうね。

やっぱり、高校までは大学受験のための勉強じゃないですか。で、僕は今では「試験の問題を作る側」にもなるわけです。作ってみて気づいたのは、本質的なことは聞けないんですよ、試験では。世の中、答えが出ないことがほとんどなんですから。

たとえば古文で、助動詞の活用、「せ・○・き・し・しか・○」とか覚えさせられるじゃないですか。もちろん覚えておくといいんだけど、「それを覚えた先」が大切なんですよ。なんでこれだけの助動詞があるのか、識別したら何が見えてくるのか。そこが楽しいのに、「これは入試に出るぞ」とテクニックで終わっちゃう。

だから自分も、大学で「国語の授業だ」と思って授業を受けてみたら、全然違う世界で。「それって文学なの?」という枠を超えていましたね。神話もあったし、歌舞伎もあったし、中国の祭りとの比較もあった。「あ、全部つながってるんだ」と思いました。今、僕が大学で授業をやるとき、「受験勉強で頑張ったことの回収が、この授業でできますよ」と言っています。学生たちも、みんな「そういうことが知りたかったんだ」となる。

——伏線回収ですね。「君たちの学んできたことは、それで終わらなかったんだよ、ここからなんだよ」と。

そうそう。でも、もうAIの時代だから。そういうシステマティックな勉強は全部AIがやってくれるようになる。高校生でも中学生でも、僕が今大学でやっている授業をある程度理解できると思うんです。だから、もっと早くからやった方がいい。「答えを一つに」というのは、もう古いんですよね。だって、人生がそうじゃないですか。どっちに行ったら正解だなんてわからないまま進んでいって、「あれで良かった、でもこんな選択肢もあったかも」くらいの。

最後は、「文学はいらない」とされる防衛大学校で文学とは何かを考え抜いた12年と、「不要不急のものこそ幸福につながる」という結論について伺います。