ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第十五回となる今回のインタビューでは、ペルシア語史料の読解を軸にモンゴル帝国史を研究し、天文学や気候学など分野を越境した学際的なアプローチで注目される歴史学者の諫早庸一先生にお話を伺います。

偶然に導かれ、歴史の門を叩くまで

—— 本日はよろしくお願いします。まず、諫早先生ご自身が「何の研究者ですか?」と問われた際に、どのように名乗られることが多いでしょうか?

一番多いのは「モンゴル帝国の歴史をやっています」ですね。歴史上、最も大きな「陸上の帝国」です。朝鮮半島からハンガリーまで広がっていましたから。ただ、それだけ広大なので、専門は人によって様々で、私の場合は「西アジア地域を中心に研究しています」とお答えすることになります。

—— すごく広い帝国で、掘りがいがありすぎるテーマだと思います。先生はどのようにしてモンゴル帝国にたどりついたのでしょうか。

もともと歴史は好きでしたが、小学生の頃は『まんが日本の歴史』が愛読書で、特に天皇に反旗を翻した平将門が大好きでした。世界史はカタカナが多くて苦手意識があったくらいです。

ところが、高校の科目選択で日本史が選べず、必修だった世界史をやることになりました。主体的な選択ではなかったですね。

—— スタートは少し意外な形だったのですね。

ええ。しかも大学受験で一年浪人するのですが、紆余曲折がありまして。現役の時は科目を絞って私立文系に合格したものの、「いや、これじゃダメだ。数学とか理科も勉強した方がいいんじゃないか?」となぜか思い立ち、親に入学金を払ってもらった後で「やっぱり行かない」と(笑)。それで浪人して、今度は理系の学部に進学したんです。筑波大学の社会工学類という、経済を数理的に分析するようなところで、当時は銀行員にでもなるのかなと考えていました。

—— 文系から理系へ、大きな方向転換ですね!

ところが、もともと理系というわけでもない私が、大学の高度な数学についていけるはずもありません。次第に授業から足が遠のき、大学2年が終わる頃、ついに「このままでは進級できません。留年です」と宣告されてしまいました。

これは困ったな、と。どうしようかと考えた時に、ある出来事を思い出しました。大学1年生の時に経験した、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)です。後からそれがイスラム過激派によるテロだと知り、「世界では、自分の知らないところで、全く違う考え方や信仰が大きな影響力を持っているんだ」と強烈な衝撃を受けました。

その記憶が蘇り、「もうこの道は嫌だ。やっぱり自分が本当に好きなことをやりたい。そうだ、歴史が好きだったな」と思い至ったのです。

—— そこで歴史の道へ戻る決意をされたのですね。

はい。それで他大学の歴史系学部への「編入」という道を探しました。そして神戸大学の編入試験を受けることにしたのですが、問題は英語でした。大学に入ってから全く勉強していなかったので、絶望的です。藁にもすがる思いで、当時好きだった洋楽CDのライナーノーツ(解説文)と歌詞カードを使い、英語と日本語訳を照らし合わせるという勉強をひたすらやりました。

—— 効果はありましたか?

どれだけ学力が上がったかは疑問ですが、なんと、本番の英語の試験問題が、ウッドストック・フェスティバルに関する長文読解だったんです! ライナーノーツで何度も読んだことばかりで、内容は手に取るようにわかる。これはもう百点だと。本当に神様はいるなと思いましたね。

—— すごい偶然ですね! それで神戸大学へ。

ええ。文学部史学科の東洋史専修に3年生として編入できました。ところが、そこでもまた選択が待っていました。東洋史は主に漢文を読む中国史と、中東言語を読む西アジア史に分かれます。語学が苦手な私は、まだ馴染みのある中国史を選ぶつもりでした。

しかし、履修計画の組み方がわからず、たまたまガイダンスで隣にいた先輩に「編入生でよくわからないので、カリキュラムの組み方を教えてくれませんか?」と相談したんです。すると、その先輩はたまたまペルシア語専攻だったんですね。彼は私が西アジア史希望だと信じて、履修計画を組んでくれたんです。

—— いつの間にか西アジア専門の人の時間割に(笑)。

そうです。出来上がった時間割は「一限トルコ語、二限アラビア語…」みたいになっていて(笑)。最初の授業は、古いトルコ語(オスマン語)でした。アラビア文字で書かれ、右から左に読みます。授業が始まって九十分の半分、四十五分くらい経つまで、どっちから読んでいるのかわからなかった。四十五分後に「これは右から読むんだ!」と気づいた時、嬉しいというより、「これはヤバいところに来ちゃったぞ…」と思いました。これからどうなるんだろう、と。怖くて震えましたね。

次回は研究の面白さを見つけるまでについて伺います。