ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第四十三回となる今回のインタビューでは、環境美学・日常美学を専門とし、生活者の視点から新たな美学のあり方を提唱する、青田麻未さんにお話を伺います。
パンデミック下の生活美学と未来への展望
——ご自身の実感と理論が、ようやく噛み合った瞬間ですね。そこから現在の「日常美学」や「生活の美学」というテーマには、どのように繋がっていくのでしょうか。
大きな転機となったのは、やはり2020年のコロナ禍と、自身の出産でした。
実はコロナが流行する直前、私はフィンランドに滞在していました。短い期間でしたが、初めての一人暮らし、しかも海外という環境で、自由を謳歌していたんです。それが帰国直後に緊急事態宣言が出て、さらに妊娠が分かり、生活が一変しました。
それまでは、家にじっとしているのが苦手で、常に外の研究室やカフェを飛び回っていた私が、家という狭い空間に閉じ込められることになったんです。
——自由な海外生活から一転して、ステイホームの日々へ。落差が激しいですね。
本当に。仕事部屋に行くことすらままならず、リビングで過ごす毎日でした。でも、そんな不自由な生活の中で、今まで見えていなかったものが急激に解像度を上げて迫ってきたんです。
例えば、自分の家なのに、数日入らなかった仕事部屋が妙によそよそしく、他人の家のように感じられる感覚。あるいは、子供が椅子の下に潜り込んで遊んでいるのを見て、「ああ、家具の下にはこんな空間があったんだ」と気づかされる瞬間。
そうした日常の些細な発見が、これまで学んできた「美学」とリンクし始めました。
——「日常美学」という分野が、まさに日常の中で立ち上がってきたと。
はい。日常美学という分野自体は環境思想と関わりが深く、以前から文献を読んだりはしていましたが、どこか他人事のように扱っていました。それが、逃げ場のない家の中で生活と向き合うことを余儀なくされた時、初めて「自分事」になったんです。「普通の暮らし」の中にこそ、美学的な問いが溢れているじゃないかと。
その気づきをもとに『「ふつうの暮らし」を美学する』という本を書いたのですが、出版された時、手伝いに来てくれていた母に痛烈な一言を言われまして。「あんたみたいに、片道3時間かけて大学に通って、親に育児を手伝わせているような人間が、『普通の暮らし』なんて本を書いていいの?」って(笑)。
——お母様、厳しいですね(笑)。
ぐうの音も出ませんでした(笑)。でも、私にとっては、そのカオスで余裕のない日々こそが、切実な「普通の暮らし」だったんです。理想的な丁寧な暮らしではなく、ままならない現実の中で、何を感じ、どう振る舞うか。それこそが美学のテーマになり得ると確信しました。
——「生活者としての美学」は、専門家だけでなく、私たち一人ひとりにも開かれているものでしょうか。「普通の人」も、美学することはできますか。
もちろんです。そもそも美学という学問が18世紀に誕生した時、それは芸術作品を分析するためだけのものではなく、詩を作ったり、庭を整えたりといった、人間の具体的な「実践」と深く結びついていました。
現代を生きる私たちも、日々実践を繰り返しています。「この部屋をどうすればもう少し居心地よくできるか」「今日の料理をどのお皿に盛れば美味しそうに見えるか」。そう考えること自体が、すでに美学的な判断です。
——日常の些細な選択こそが、美学の実践なんですね。
その通りです。私たちは忙しさの中で多くのことを見過ごしてしまいますが、少しでいいので美学の知識や考え方をインストールしてみてほしいです。そうすると、ふとした瞬間に立ち止まって、「なぜ自分はこれを心地よいと感じるのか」「なぜこの風景に惹かれるのか」を考えられるようになります。
美学というレンズを一枚通すだけで、退屈に見える日常が、発見に満ちた豊かなフィールドに変わります。生活の中に「面白がる」視点を持つこと、それが美学の入り口なのだと思います。
——最後に、かつて夢見た「青田学園」に代わる、これからの野望があれば教えてください。
そうですね……大それたことですが、「新しい美学の教科書」を書きたいと思っています。
これまでの美学の教科書は、どうしても芸術作品を中心に語られてきました。しかし、環境美学や日常美学のように、芸術という枠組みを超えた領域から美を考えることで、見えてくる世界は全く違ったものになるはずです。
芸術ありきではなく、私たちの生活や環境、この身体から出発する美学。そんな新しい視点に基づいた体系的な教科書を書いて、次の世代に手渡したい。それが、かつて教育者になりたかった私の、今の形での「教育」へのリベンジであり、最大の野望ですね。
——新しい美学の教科書ができて、日本中に広まっていくことこそが「青田学園」といえる気もします。本日はありがとうございました。
こちらこそ、自分の人生を振り返る良い機会になりました。ありがとうございました。




