ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第四十四回となる今回のインタビューでは、人類学の視点から知と生活の境界を問い直し、実践的なフィールドワークを展開する研究者、池原優斗さんにお話を伺います。
人類学というレンズと「思想」への目覚め
——本日はよろしくお願いします。池原さんは非常に多岐にわたる活動をされていますが、ご自身をなんと名乗ることが多いのでしょうか。
よろしくお願いします。そうですね、状況によるのですが、基本的には「人類学者」と名乗っています。分野的には認知科学やデザイン学の領域にも携わっているのですが、認知や知識、学習といったプロセスを「人類学的なレンズ」を通して見ている、という感覚が一番強いですね。
——研究対象というよりは、世界を見る「方法」として人類学を採用していると。
はい。人類学者のティム・インゴルド(Tim Ingold)という人がいるのですが、彼は今、アートや建築の分野でも広く参照されています。彼は「人類学をするということは、人びとと共に世界を探求することそのものである」と言っているんです。
従来のような、現地に行って調査し、報告書(エスノグラフィー)を書く、という客観的な分析者としての立場ではなく、共に生きること、そして世界を作ることそのものが人類学の実践であり、それはある種のデザイン行為とも不可分である、という考え方です。
——生きること、デザインすること、人類学をすることが、同義になりつつあるのですね。
デザインの本質を突き詰めると、「生活の中で『あったらいいな』と思うものを作る営み」に行き着きます。それは人間が太古から生きるために続けてきたことであり、その意味で人類学とデザインは根底で繋がっているんです。[1]デザインと人類学の根底的な繋がりに関する議論は、須永剛司『デザインの知恵』(フィルムアート社、2019年)を参照。専門性が極まって溶け出し、最終的に「生きること」としか言いようがない領域に向かっている感覚はありますね。
——あえて「人類学」という看板を掲げる意義はどこにあるとお考えですか。
専門分野としての境界が曖昧になる中で、それでも「人類学である」と自覚的に名乗ることには意味があると思っています。他の科学分野が普遍性や再現可能な方法論を重視するのに対し、人類学は、そのプロセスで生まれる固有のアウトプットや、偶発的な出会い、特定の文脈に深く潜ることに価値を見出します。
「普遍的ではないもの」にも価値がある。それを自覚的に肯定し、知の形として提示しようとする姿勢が、私にとっての人類学なのかもしれません。
——池原さんのその独自のアプローチに至るまでの経緯をうかがいたいと思います。現在のような研究者への道は、昔から志していたのですか。
子供の頃は恐竜博士になりたいとか、漠然と「学者」への憧れはありました。NHKの教育テレビが好きで、自分が知りたいことを追求できる職業=学者だと思っていたんです。ただ、高校生くらいになると、研究職のキャリアがいかに不安定かという現実も見えてきました。
——現実を知るのが早いですね(笑)。
ネット世代ですから(笑)。高校時代はNewsPicksが出始めた頃で、2015年あたりには落合陽一さんの『魔法の世紀』が出たり、マイケル・サンデルの『白熱教室』が流行ったりしていました。ビジネスとアカデミアを両立させている人たちのキャリアを見て、「ビジネスでリスクヘッジしながらアカデミアに潜り込む」というルートが生存戦略としてあり得るんじゃないか、と計算していた節はあります。
——非常に現代的かつ合理的ですね。情報収集は主にインターネットだったのでしょうか。
そうですね。本を読むというよりは、ネットの海を漂っていました。「2ちゃんねるまとめ」やWikipediaはずっと読んでいましたね。あと、オンラインゲームのポータルサイト「ハンゲーム」に入り浸っていたのですが、そこのチャットが面白くて、そこでどっぷりネット文化に触れました。
——単なる遊び場としてのネットが、知識の入り口になっていたんですね。そこから具体的に、どのようにして学問的な関心に結びついていったのでしょうか。
歴史シミュレーションゲームをやっていたときは、ソ連が出てきたら「マルクス主義とは何か」をWikipediaで調べたりしていました。
そうやって調べていくうちに、「世界は『思想』によって動かされている」という感覚を持つようになったんです。歴史も社会システムも、誰かの哲学や思想が基盤にあって動いている。そこに興味を持ちました。
大学選びもネットの情報を参考にしていましたね。「2ちゃんねるまとめ」で「MARCH(マーチ)」という言葉を知って、「アルファベットの大学に行けば大丈夫ってことなのか?でもそれってどの大学のことなんだ?」くらいの認識からのスタートでしたけど。
——Wikipediaやネットの断片的な情報から、学問的な関心へと繋げていったのですね。
高校はSSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校の理数系の学科にいたんですが、周りは数学オリンピックや「科学の甲子園」に出るような優秀な人ばかりで。一方で私は数学につまずき、徐々に文系的な関心、特に思想やアートといった領域へシフトしていきました。
ファッションにも興味があって、私服の高校だったので入学式ではスーツを着ることになっていて、それでスーツについて調べるうちに「トラッドファッション」やボー・ブランメル(ダンディズムの始祖)に行き着いたり。自分の関心が、「思想」と「カルチャー」が交差する場所にあることに気づき始めました。
次回は大学院へ進むまでについて伺います。
References
| ↑1 | デザインと人類学の根底的な繋がりに関する議論は、須永剛司『デザインの知恵』(フィルムアート社、2019年)を参照。 |
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