ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第二十七回となる今回のインタビューでは、国家による「線引き」が現代ほど明確でなかった時代の新疆・中央アジアを舞台に、国境を越えて移動する人々と国家の関係性を多言語の史料から読み解く、研究者の松尾健司さんにお話を伺います。
史料と向き合い、未来のテーマを探る
——調べるための「術」ですか。
はい。例えば、工具書の存在です。
——工具書について、ご存じない読者のために少しご説明いただけますか。
はい。いわゆるレファレンスブックのことで、人名辞典や地名辞典、あるいは昔の官職をまとめた表など、何かを調べるための本の総称です。史料を読むには、こうした知識が不可欠です。例えば、私が研究している新疆では、同じ場所でもウイグル語の地名と漢語の地名が全く異なったりします。英語ではヤルカンドで知られる新疆南部のオアシス都市は、イェケン(ウイグル語)と莎車(漢語。音としては、シャーチャー)のように、音にも字にも共通点がありません。こうしたことも、何度も出てくれば自然と覚えるのですが、最初は何らかの形で調べることから始まります。最近ではオンラインで見られる工具書も増えています。
独学では決して得られなかったであろう知識や技術、そして何より共に学ぶ仲間や導いてくれる先生の存在が、研究者としての基礎体力を鍛えてくれました。また、研究を始めたての頃に比べると、「史料を位置づける」力も大分強化されたと思います。一つ一つの史料が読めても、それをより広い学術的課題の中に如何に位置づけないと論文にならないのです。
——そうして専門的な訓練を積まれ、現在はどのような研究スタイルを確立されているのでしょうか。
基本的には、イギリス、台湾、中央アジア諸国といった各地の文書館に足を運び、国家側が作成した文書を集めて論文を書く、というスタイルです。現在はロシアや新疆での現地調査が困難な状況にある中で、台湾やカザフスタンに留学して史料を集めるなど、様々なアプローチを試みています。
——国家側の史料が中心とのことですが、一方で、統治されていた現地の人々が何を考えていたのか、という視点も重要になるかと思います。
おっしゃる通りです。しかし、それは歴史学全体が抱える難問でもあります。統治される側の人々が残した史料は、統治する側のそれに比べて圧倒的に少ないのが現実です。
彼らが統治者に対して出した請願書のような史料が、中央アジアの文書館で見つかることもありました。しかし、そこに書かれている言葉が、彼らの「本音」をそのまま反映しているとは限りません。統治者側に受け入れられやすい論理や表現を選んで使っている可能性も大いに考えられます。回想録や日記など、使える史料は限定せず幅広く探していますが、やはり公文書が研究の中心にならざるを得ないのが私の研究の現状ですね。
——多くの国が関わる地域だからこそ、多言語の史料にあたる必要があり、同時に、国際情勢によって調査が制限されてしまう。その難しさと面白さが伝わってきます。
そうですね。今後は、こうした調査を通して見えてきた「国籍」の問題を、博士論文のテーマとして深めていきたいと考えています。
——今の研究テーマ以外で、今後挑戦してみたいテーマはありますか?
現在の研究とは少し離れますが、もともと関心のあった地球科学、その「歴史」と、今取り組んでいる中国史や地域研究を繋げられないかと、漠然と考えています。
——科学史、ということでしょうか。
はい。ただ、もう少し地域研究に根差した形で、です。例えば、有名な大陸移動説[1] … Continue readingが提唱されたのは20世紀初頭で、私が研究している時代と重なります。ウェゲナーも述べる通り、精密な測量によって、大陸の移動を直接的に証明することができます。同時期、新疆には欧米から多くの探検家が訪れており、彼らもまた調査活動を行っていました。この二つの動きに何か関係があったのか、あるいはなかったのか。そうした、まだ誰も見たことのない繋がりを発見できたら、非常にダイナミックな歴史像を描けるのではないかと考えています。
——それは壮大で、非常に独創的なテーマですね。科学という普遍的な知の営みと、探検という具体的な人の移動、そしてそれを受け入れる地域の力学が交差する。まだ誰も語っていない物語がそこにありそうです。
ええ、地球科学という視点を自分の研究に取り入れることで、より広く、そして深く世界を見ることができるのではないかと期待しています。
——様々なお話、ありがとうございました。松尾さんの研究が今後どのように展開していくのか、一読者として非常に楽しみになりました。
こちらこそありがとうございました!
References
| ↑1 | ドイツのアルフレッド・ウェゲナーが1915年に『大陸と海洋の起源』により提唱。現在の大陸がかつて巨大な大陸であり、その後分裂したものであることを主張した。後の「プレート・テクトニクス」理論に先鞭をつけた学説として知られる。当時は大陸を移動させる物理的原動力を説明できず、受け入れられなかったが、戦後、古磁気学研究が大陸移動の証拠を提示したことにより、勢いよく復活を遂げた。
(アルフレッド・ウェゲナー著、竹内均訳、鎌田浩毅解説『大陸と海洋の起源』講談社、2020年、解説を参照。なお、本書は1929年に発行された第4版を底本としている。測地学的議論については、第3章を参照。) |
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