ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第十六回となる今回のインタビューでは、「文学の読解技術」を情報学に応用するという独自のアプローチで、新たな研究領域を切り拓く、国立情報学研究所のの武富有香さんにお話を伺います。

文学への道、そして「書けない」日々と偶然の転機

——「腑に落ちる」という感覚を頼りに、音楽や体操といった様々な経路から思考を深めてこられたわけですが、最終的に「文学部」という選択肢にたどり着いたのは、どうしてだったのでしょう。

それが、自分でもよく分からないんです。比較的何にでも興味を持てるという特技があったので。人間って、面白いじゃないですか。周りの友人は、私がピアノを弾いているか、鉱石を収集しているかのどちらかだと思っていたはずで、文学部を選んだことには少し驚いていたかもしれません。

——鉱石ですか! であれば、理学部で地学を学ぶのかな、と思いますよね。

そうなんです。なぜ文学部を選んだんでしょうね。やっぱりずっとぼんやり考え事をしていたかったんでしょうかねえ。ちょっと今、理由を思い出せないので、考えておきます(笑)。

——大学に入学して、ピンとこなかったという社会学や心理学に、一度は興味を持たれたのですよね。

はい。池袋に昔のリブロという素晴らしい書店があったのですが、そこで、よく雑誌の『現代思想』を立ち読みしていたんです。

——すごい高校生ですね。

高校生なので内容を理解できるわけではなかったですが、惹かれたんです。本棚をぐるぐる見て回っているうちに、自然と行き着きました。やはり、リアルな書店の強みは、思いがけない本と出会えることにあると思います。たとえば、私がフェミニズムに出会ったのはその書店です。当時、通学電車での痴漢や、ひどい見出しが並ぶ週刊誌の中吊り広告など、日常のさまざまなことに怒りを感じていたんです。そうした理不尽さについて真剣に考察する学問があるんだと知れたことは、大きな救いでした。自分の怒りや違和感が、ちゃんと議論に値するものとして扱われている。それが嬉しくて、最初はフェミニズムを扱っている社会学に関心が向いていました。

——なるほど。幼い頃から抱えていた「なぜだろう」という問いと、社会への怒りが結びついたのですね。

どちらかというと、現実に生活をする中であらわれる「なぜだろう」という素朴な疑問や怒りが、学問的に扱われることの面白さを感じたのだと思います。大学時代を振り返ると、授業そのものよりも、仲間と素朴な疑問や腑に落ちないさまざまなことを飽きることなく議論していた記憶が強く残っています。

——1人で抱えていた「考え事」が、ついに他者との対話になったのですね。

昔からよくおしゃべりはしていましたが、自分が考えるためには、他者の存在が不可欠なのだと強く気づいたのが、大学時代でした。この「仲間との議論」という経験が、今も私の楽しさの原点にある気がします。

——議論を重ねる中で、ご自身の専門分野も見えてきたのでしょうか。卒業論文のテーマはどのように?

私が進んだのは倫理学専攻でした。哲学には大きく分けて、存在そのものを問う「哲学」、より善く生きるための道を問う「倫理学」、美とは何かを問う「美学」がありますが、自分には哲学はちょっとだけしっくりこないな、と。

——どうしてですか?

「なぜ生きるか」という壮大な問いは、私にはちょっと手に負えなかった。それよりも、もうすでにここにある現実の中で「いかに生きるか」を考える倫理学の方が、実践的で自分にフィットすると感じたんです。授業ではカントやヘーゲルといった哲学の王道も学びましたが、これが難しいし分からないんですね。ですが、ヒュームは、ものすごくしっくりきたんです。

——ヒュームのどこに惹かれたのですか?

ヒュームは、あらゆる物事を徹底的に疑う「懐疑主義者」でした。有名な「理性は情念の奴隷にすぎない」という言葉もまさに腑に落ちたんですね。人間は理性で物事を計算したり判断したりするけれど、その根本にあるのは感情なのだ、と。これはいいなと思ってヒュームの道徳論を卒論で扱うことにしました。

——好きなテーマだと、執筆も楽しかったのではないでしょうか。

いや、難しかったですよ。論文として成立させるためには、正しく引用を示したりと、論文特有のステップを学ばないといけませんでしたから。でも、好きな対象を扱っていたので、苦にはならなかったですね。本当に良い出会いだったと思います。

——そこからすぐに大学院へ、とはならなかったのですね。

はい。ごく普通に就職活動をして、働いていました。でも、やはり自分には合わないな、と思って、退職しました。その後しばらくはアルバイトなどをしながら、大学の授業に潜り込んだり、友人たちと読書会を続けたりしていました。すると周りから「それなら大学に戻ったらいいんじゃない?」と言われて。

——あの議論の日々が、やはり武富さんにとっての居場所だった。

どうなんでしょうね。結局、あの時間をずっと続けたかったし、続けるならもっと強くなりたいと思ったんだと思います。それで「じゃあ、戻るか」と。軽い感じで大学院に戻ることにしました。大学院は、言語情報科学専攻というところに進みました。

——学部時代の倫理学から、また新たな分野ですね。どのようにしてその専攻にたどり着かれたのですか?

これもまた、綿密なキャリアプランがあったわけではないんです。「これをどうしてもやりたい」という強いこだわりがあったわけではなく、関心が漠然としていたので、もう少し領域の広いところに行きたいな、と。いくつか受けた中で、ご縁があったという感じです。ただ、学部とは専門が違ったので、試験に合格した後、学部の卒業論文に相当する論文をもう一本、新たに書いて提出する必要がありました。

——なんと。それは大変でしたね。一度は哲学・倫理学の道に進んだ中で、改めて「文学」を選んだのはなぜだったのでしょう。

哲学という学問は、言葉が適切に書かれれば、それは一つの意味に確定的に読めると思っているし、それを目指していると私は理解しています。でも、文学は全く違いますよね。書きたい内容や概念があったとして、それを表現する方法は原理的には無限にあります。これらの「どう表現するか」という形式の選択が、伝えられる内容そのものにも関わってきてしまう。その豊かさや面白さを、やはり自分は扱いたいんだ、と気づいたんです。

最終回は異分野協働について伺います。