ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十二回となる今回のインタビューでは、ドストエフスキー作品を情動(アフェクト)理論で読み解き、いまはスラヴ地域の妖怪研究へ向かおうとしている、永田怜絵さんにお話を伺います。
情動理論から妖怪へ
——「歯を食いしばっていた」。それでもやめずにここまで続いているのは、何か理由があるんでしょうか。
まだまだ分かっていない、という感じがあるからですかね。まだ分かりたい、というか。こんな未熟なままじゃ終われない、研究者の道の始まりにも立てていないぞ、という思いはありました。
——そんな中で取り組まれている「情動理論」は、大事なテーマですよね。
情動は、文学理論の中では長らく見過ごされてきた要素です。1995年ごろに、アフェクト(情動)理論が活発に議論されるようになったのですが、それより前は、「アフェクト」(情動)ではなく「エモーション」(感情)。どちらかというと心理学的なものとして取り扱われることが多く、文学の世界で感情研究は排除されてきました。
特にドストエフスキー文学は、哲学や思想、高い芸術性が主に議論されてきたので、感情・情動をメインの切り口にするのは、ここ最近の潮流ですね。
——ドストエフスキー研究の中では、新しい切り口と言えるんですね。永田さんは、どうして情動(アフェクト)論に目をつけたんでしょう。
当時、英文学者の大橋洋一先生(2019年、東京大学を退任。現在は名誉教授)の、文学理論入門の授業を受けていました。文学理論の歴史を最初からたどる中で「20世紀末(頃)に、新しい文学理論の潮流が4つ生まれました」という説明があって、その一つが「感情・情動論」でした。
その授業では詳しい説明がなかったんですが、どういう理論なんだろう?と気になって、大橋先生に聞きにいったんです。「あとで参考文献の資料を送りますよ」と言われたけれど、半年くらい待っても全然送られてこなかったんですよね。結局、なんとか自分で調べはしましたが、当時は日本語の文献なんて全然なかったので、大変でした。後日、大橋先生の院生向けの授業で、情動理論も少し扱ってくれるらしいということを聞きつけて、やっと情動理論の中身を教えてもらえました。その授業で配られた2枚くらいのプリントに書いてあることを、頑張って読み解いて、なんとか理解できるレベルまで持っていった、という感じです。
——どうして、そんなに情動理論が気になってしまったんでしょうね。20世紀の新しい文学理論は、他に3つもあったのに。
文学理論って、抑圧されてきたものを拾い上げて光を当てるような基本姿勢があるんです。例えばフェミニズム批評は、女性をテーマに、女性を軸にして文学を読み解く。そういう、文学理論の基本的な姿勢がすごくかっこいいなと思っていたんです。
「情動」でいうと、「理性」に抑圧されてきたのが「情動」。それをフィーチャーして、両義的に研究するって、一体どうやるんだろう、と。しかも、言葉を使って論理的に情動分析をするとなると、その時点で理性が使われてしまっているから、そこの矛盾はどうするんだろう? という疑問がわいたんですね。
——永田さんの興味が生まれるところって、いい意味で不思議なんです。単に「面白そう」「これ興味ある」じゃなくて、「えっ、これどういうこと?」という違和感が根底にある。現代アートも社会への違和感から出発しているし、『悪霊』も「なんでこの人たちこうなっちゃったの?」という違和感からハマっている。20世紀の文学理論でも、4つある中でいちばんよく分からないものに手を出していますよね。
まさにそうだなと思います。好きとか面白いとか、ポジティブな感情で動かされていない、というのはあるかもしれないですね。
——永田さんは、今後も“違和感ドリブン”で、どんな探究をしていくのか、とても気になります。
それが——去年あたりから、ドストエフスキー研究がもう嫌になってしまったんですよね。
——なんと。最後ですべてがひっくり返りました。
情動理論も、「これ欧米(アメリカ)の一部の大学が情動研究ブームを起こしたいだけなんじゃない?」みたいな気持ちも出てきて、去年あたりですかね、すべてが嫌になってしまってました。
そんな中で、自分がこの数年間、ずっと気になっていたものについて研究できたらいいなと思って――
——お、なんでしょう。
「妖怪」です。
——妖怪、ですか。それはまたどうしてなんでしょう。
妖怪のことを考えると、すごく気持ちが安らぐんですよね。
というのも、ウクライナ侵攻が始まった時期に、だいぶ気持ちが落ち込んでしまって、家から出られないくらいだったんです。そのあたりから、人間が嫌になってしまった。それまでは「人間ってすごい」「人間が作るものってすごい」という、人間のおごりみたいなものがあったんですが、戦争があまりにもひどすぎて、人間が嫌だなと思うことが増えた。
それで今は、スラヴ地域の妖怪研究ができないかなと構想しています。ロシアでは、ドストエフスキーのフォークロア研究が盛んなので、その方向で博士論文を書けたらいいなと思っています。
——ここまでの積み重ねを生かして、全く新たなスラヴの妖怪研究へ。妖怪も、人間あってこその存在ですし、ここまでの文学研究が違った形で活きそうですよね。
「妖怪は人間なしで存在しうるのか」というのも、これから考えていきたいテーマなんです。妖怪単体では「妖怪だ」と言ってもらえないですし。
――最後の最後で一気にわからなくなって、なんだかうれしくなりました。永田さんの研究、本当にどうなるんだろう。また定点観測させてください。ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。







