ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十二回となる今回のインタビューでは、ドストエフスキー作品を情動(アフェクト)理論で読み解き、いまはスラヴ地域の妖怪研究へ向かおうとしている、永田怜絵さんにお話を伺います。
『悪霊』に取り憑かれて
——「つまらなそう」という印象があった作品を、「原語で読みたい!」と思うまでになったんですから、相当なハマりようですよね。
ドストエフスキーの五大小説——『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『白痴』『悪霊』『未成年』が五大小説と言われているのですが、その中で私は『悪霊』という本にいちばんハマりました。本当に、引き込まれていたというか、「震えながら読んだ」。そういう体験だったんです。あれは何だったのかは、今考えても分からないんですが。
——体が震えるぐらいの読書体験をされた。でも、多くの人はそこで終わるかもしれない。永田さんは「ロシア語で読みたい!」とまで思ったわけですよね。
どうしてなんでしょうね……自分でも、ちょっと分からないんです。実は、他のロシア文学者の方も、「なんだかよくわからないけどハマってしまった」というひとがわりと多いんです。しかも『悪霊』でハマるケースが多いと思いますね。
——ロシア文学者あるあるなんですか!『悪霊』は、何がそんなにすごいんでしょうか。
読者も一緒に感染してしまう、みたいな感じですかね。英語の題名が「Possessed」、取り憑かれるという意味で、読者もまさにそうなってしまう。
——『悪霊』をまだ読んだことのない読者に、どんな物語なのか、簡単に紹介していただけないでしょうか。
どういう話か、というのも実はすごく難しいんですよね。あらすじが入り組んでいるので、ちゃんと説明できるかわかりませんが……学生たちが革命を起こそうとするけれども、その内ゲバみたいなもので仲間を殺してしまったり、いろいろな事件が起こります。自殺する人も含めて、登場人物が13人ぐらい死ぬんです。
——めちゃくちゃ死にますね。
そうなんです。めちゃくちゃ死ぬし、自殺しちゃうし、いろんな変な人がいっぱい出てくる。その人たちに対して、「どうしてそう思っちゃうの?」という感情の源が気になって仕方ない。
例えば私が卒論でも取り上げたキリーロフという登場人物。キリーロフは、「神が信じられないから、自分が神になるために自分の意思で自殺するんだ」と言って自殺してしまいます。その過程も詳細に描かれているのですが、「人が神になる」という思想のことも、なんでそんなことを思って本当に実行してしまうんだろうと、すごく気になってしまって。
そういう、変な人たちがいっぱい出てくる小説です。
——変な人がいっぱいで、変のレベルも突き抜けたものがありますね。そこまで極めていたら「なんで? 全然共感できない!」と思いながらも読み進めてしまいそう。
他の小説だと、教養として読まなきゃと思って読んでも「文章がうまいな」で終わってしまうことが多い。でも、『悪霊』とか、ドストエフスキーの作品がいちばん、私にとっては魅力的でした。本当に、「巻き込まれてしまった」という感覚ですね。
——本当に「取り憑かれた」状態になったんですね。それで卒業論文も、『悪霊』を題材に書いたと。その後、学部生としてもう一度大学に入学することになります。東大のスラヴ文学ですね。
横国大のゼミの先生は精神分析やラカンなどの現代思想をやっている方でしたが、卒論は「何でもいい」という感じでした。ちゃんとした研究というよりは、創作の感覚で出しましたね。
その後、「やっぱり演劇をやりたい」と思って、ある劇場の、演劇を学ぶコースに入ったんですが、どうも私には合わなくて。3ヶ月で辞めて、いったん故郷の仙台に帰りました。
——仙台に戻ったタイミングが、ひとつのきっかけだったとか。
仙台に帰っても、ロシア語をやりたいという気持ちは強かったので、ロシア語の市民講座を受けたり、独学で勉強したりしていました。
でも、もっとやりたい、ドストエフスキーの小説を読めるぐらいまでロシア語を身につけたいと思って。そのためには大学でもう一度学びたい。それでいろいろ調べたんですが、東京外国語大学はロシア語のレベルがものすごく高くないと入れないらしいし、早稲田大学は学費が高いからちょっときつそう。それで最後に残った選択肢が、東京大学のスラヴ文学専攻でした。
——いろいろな条件が重なって、最終的に東大のスラヴ文学が一番合っていたんですね。ようやく本気でロシア語とロシア文学に取り組める環境がやってきたわけですが、イメージ通りの環境でしたか?
どうだったかな。他の学生からは、「うちの研究室は本当に放置だから、自分でやるしかないよ」と言われていました。
——偶然かもしれませんが、永田さん、放置するタイプのゼミや研究室に巡り合うことが多いですね。横国のゼミも、東大のスラヴ文学も、基本は「自分でどうにかしてね」という方針でした。そんな中で、永田さんはどうサバイブしていたんですか?
最初のうちは、気持ちがけっこう張り詰めていました。「せっかく入ったんだし、がんばって卒論を書かなきゃ」という気持ちが強くなりすぎてしまっていました。もちろん、楽しくはあったんですけど、私の周囲は競争心の強い人が多くて、あまり仲良くなれなかった。最初は、というか、もうずっと大変でした。
最近ようやく、しんどくなくなってきた感覚があります。
——しんどい期間が長かったんですね。でも、どこかで腹をくくったんでしょうか。
「欧米の最新の理論を使ってドストエフスキーをやってみよう」というテーマで取り組んでいたのも、結構無理していたかなと思います。腹をくくっていたかは分からないですが——ちょっと、食いしばりすぎていたかな、と思いますね。
最後は、文学理論の中で見過ごされてきた「情動」に取り組んだ理由と、そこから「妖怪」へ向かういまの構想を伺います。







