ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第三十五回となる今回のインタビューでは、日本語母語話者と非母語話者の接触場面における相互行為(アコモデーション)を専門とし、言語の構造だけでなく言葉の背後にある心理や態度の分析に注力する日本語教育研究者、張瀟尹(ちょう・しょういん)さんにお話を伺います。

対話調整の構造解明と、多文化共生への提言

——そこから、具体的にどのような調査を行われたのでしょうか。

私の研究では、日本語母語話者が、日本語レベルの異なる非母語話者(学習者)に対して、どのように話し方や態度を調整しているか、その「意識」を明らかにしようとしました。

調査には、厳密な条件統制を行いました。まず、日本語母語話者を3つのグループに分けました。

  1. 接触経験なし群: 普段、外国人と話す機会がほとんどない人たち。
  2. 接触経験あり群: 職場や生活の中で頻繁に外国人と接している人たち。
  3. 日本語教師群: プロとして調整技術を持っている人たち。

そして対話相手となる非母語話者(学習者)も、OPI(口頭対話能力測定)という基準で初級・中級・上級の3レベルを用意しました。

実験では、例えば「一泊二日の旅行計画を二人で立ててください」といったタスクを与えて会話をしてもらい、その直後に「なぜさっき、あの場面であの言い方をしたのですか?」と振り返るインタビュー(回顧法)を行いました。

——非常に大掛かりで緻密な実験ですね。そこから何が見えてきましたか。

とても興味深い結果が出ました。接触経験が豊富な人や日本語教師は、インタビューに対して「相手の反応を見て、理解していなさそうだったから言葉を言い換えました」とか「まずは相手に意見を出してもらうために、あえて待ちました」といったように、自分の配慮を明確に言語化できるんです。つまり、無意識ではなく「意識的に」調整を行っている。

一方で、接触経験が少ない人たちは、「どう話せばいいかわからず、とにかく難しかった」「沈黙が怖くて自分ばかり喋ってしまった」という感想が多く、配慮しようという気持ちはあっても、どう振る舞えばいいかわからずに空回りしてしまう傾向がありました。

分析の結果、母語話者の配慮は大きく二つに分類できました。一つは「相手の理解を促すための配慮(語彙の調整など)」。もう一つは「相手が話しやすい環境を作るための配慮(態度や雰囲気作り)」です。そして、上級者に対しては「対等な関係」を維持しようとする配慮が強く働くこともわかりました。これはまさに、あの歯医者さんでの体験を裏付けるデータでした。

——なるほど。私たちが普段何気なく行っている会話の中に、実は高度な調整機能や心理的な配慮が働いているのですね。そう考えると、コミュニケーションというのは本当にクリエイティブな営みだと感じます。最後に、この研究を通して、張さんが一般の方々に伝えたいメッセージはありますか。

そうですね。一番伝えたいのは、「恐れずに話しかけてみてほしい」ということです。

私の研究でも明らかになったように、接触経験が豊富な人は、最初から上手だったわけではありません。たくさんの外国人と接して、失敗したり通じなかったりする経験を積み重ねる中で、「あ、こういう時はこう言えば伝わるんだ」「待ってあげたほうがいいんだ」という技術とマインドを身につけていったのです。

——まずは経験値を積むことが大切だと。

はい。いま、日本のコンビニや飲食店に行けば、多くの外国人スタッフが働いています。彼らは一生懸命、日本語を学んで働いています。また、観光客もたくさんいます。彼らの多くは、実は「日本語で話してみたい」と思っているんです。

だから、いきなり英語で話しかける必要はありません。まずは「やさしい日本語」で、普通の日本語で話しかけてみてください。もし通じなければ、言い方を変えたり、ジェスチャーを交えたりすればいい。そうやってお互いに調整し合うこと(アコモデーション)で、コミュニケーションは必ず成立します。

——「通じないかもしれない」と身構えるのではなく、歩み寄る姿勢が大切なんですね。

その通りです。言葉の壁は、語学力という「技術」だけで乗り越えるものではありません。「伝えたい」「わかり合いたい」という「心」があれば、必ず乗り越えられます。私の歯医者のエピソードのように、たとえ流暢でなくても、相手を尊重して向き合おうとする態度は、必ず相手に伝わりますから。

異なる文化背景を持つ人と話すことは、新しい世界を知ることでもあります。ぜひ偏見や恐れを捨てて、「こんにちは」の一言から始めてみてほしいですね。

——技術よりも心。そして、まずは一歩踏み出す勇気。研究者として、そして一人の日本語話者としてのご経験に基づいた言葉に、背中を押される思いです。本日は長時間にわたり、貴重なお話をありがとうございました。

こちらこそ、自分の原点を振り返ることができてとても楽しかったです。ありがとうございました。