ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第三十一回となる今回のインタビューでは、アルベール・カミュの研究を専門とし、フランス各地の資料館を巡る「アウトドアな研究者」でもあるフランス文学者の渡辺惟央さんにお話を伺います。

テクストへの誠意と社会に繋がる研究者の姿勢

今も私の研究の根幹にあるのは、「テクストに書かれていること以外は信じない」という姿勢です。マーカーで文章を色分けしていった、学部留学生の頃からのスタイルですね。

その姿勢が、やがて手書きの原稿や書簡といった未公開の資料を調べることにも繋がっていきました。フランス文学を専門にすると決めて大学院に進学し、2回目のフランス留学では、各地のアーカイブ(資料館)を回るようになりました。

——いよいよ「アウトドア」な研究スタイルの本領発揮ですね。

自分の知らなかった資料を見つけた時の驚き、それを手掛かりに研究の突破口が開けた時の喜びは何にも代えがたく、各地を旅して調査しました。

調査の過程で出会った人々との交流も楽しかったし、しかもそうしたネットワークが研究にとっても重要なものになりました。中には閲覧の難しい資料や、目録に記載されていない文書もあるのですが、アーカイブの管理者や長年そこで調査している研究者と知り合うと、こうした貴重資料を見せてくれることがあります。

そういう時にフットワークの軽さが生きてくる。今も年に1度はなるべく、調査でお世話になった人たちに会いにいくようにしています。

また、留学中は世界中の研究者たちと友達になりました。彼らと車で各地に赴き、同じ宿に泊まって寝食を共にし、一緒に研究発表や調査をしました。研究と人の縁が、どんどん繋がっていったんです。

——渡辺さんのお話は、研究活動が社会と密接に繋がっていることを感じさせます。

私の中では、研究は社会の一部である、という強い確信があります。「大学の中にいる人間は社会に出ていない」という言い方をされることがありますが、その言葉は好きではありません。

もちろん、そう言われる理由はよく分かります。でも、大学も紛れもなく社会の一部です。何かを調べ、新しい知識や知恵を生み出すためには、資料を見るために移動したり、誰かの話を聞きに行ったりしなければならない。それは社会との関わりそのものです。

研究職の魅力は、自分の「知りたい」という純粋な好奇心を理由に、人に会いに行く計画を立てられることです。もちろん、そこには相手の仕事や、その人が背負ってきた歴史や伝統に対して、最大限の敬意を払うという大前提があります。でもその誠意さえ守れば、自分の興味をどこまでも突き詰めることができる。それは社会を豊かにすることに繋がるし、何より自分自身が最高に楽しいんです。

——その「誠意」とは、具体的にどのようなことだとお考えですか。

私の師匠と呼べる人がいるのですが、その人は、誰かに話を聞きに行く時は、相手が書いたものを全て読み込むのはもちろんのこと、それに加えて「相手のためになる調べ物」をしてから臨むということを徹底していました。

例えば、シベリアに抑留されていた方のご遺族に、当時の手記を見せてほしいとお願いする時のこと。それは、ご遺族にとって非常にデリケートで、辛い記憶を呼び起こす行為かもしれません。だから師匠は何年もかけて、ただひたすらご遺族の話を聞くことに徹しました。こちらから質問するのではなく、相手が話したいことを話したいように話してもらう、というように。

そして同時に、研究者として自分にできることを常に考えていました。抑留されていた時代の収容所の状況など、ご遺族が知りたくなった時にすぐに答えられるよう、関連する事柄は全て調べておくんです。知識を準備して臨むことで、相手の役に立とうと考えていました。

——優しさの半分は知識でできている、という言葉を思い出します。

本当にそう思います。人の過去に、興味本位で足を踏み入れてはいけない。それでも知りたいと願うなら、それ相応の覚悟と準備が必要です。他の研究者に会いに行く時もそうです。相手の関心事を深く理解し、向こうにとってヒントになりうる調査結果やアイデアを最低でも一つは持って行く。それが、私が考える他者への「誠意」です。

——お話を伺っていると、研究とは「あなたに興味があります」という、他者への純粋な関心の表明であり、その誠実な姿勢は、研究者だけでなく、誰にとっても大切なものだと感じます。渡辺さんは今、ご自身の経験を次の世代にどのように伝えていこうとお考えですか?

まさしくその通りで、学問の根っこにあるのは他者への尽きない興味であり、そしてそれに向き合う誠意が不可欠であると思っています。

ただ、この感覚をどうすれば学生たちと共有できるのか、その方法論については今まさに探っている最中なんです。私のような人付き合いが好きなタイプだけでなく、さまざまな背景や価値観をもった学生たちにも伝わるように説明する必要があると思っています。「渡辺さんだからできたんでしょ」で終わらせたくないんです。

世界は人と人とが関わることで豊かになるはずです。相手の言うことに耳を傾け、相手のために何ができるかを考え、行動すること。そんな実践可能な誠意のかたちを、誰にとっても届く言葉にしていきたい。まだ答えは出ていませんが、その言葉を、これからも学生たちと一緒に探していきたいと思います。