ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第十四回となる今回のインタビューでは、ジブンジンブンのメンバーである須河原さんにお話をうかがいます。須河原さんは一般企業に勤める傍ら、独学で苗字研究を行っています。
失われた調査データを復元。共同体の歴史が苗字を解き明かす
——まだ仮説の段階ということですが、この仮説を、今後どのように実証していくのでしょうか。
少し話が脇道にそれますが、近年、「歴史人口学」という分野が注目されています。速水融(はやみ あきら)先生などが先駆者ですが、近世の人別改帳などの記録がデータベース化され、近世の農村の人口動態が分かるようになってきました。こうした背景もあって、「家」研究が見直されつつあります。戦後の民主化や高度経済成長で、「家」制度は薄れ、研究も下火になっていましたが、デジタル化されたデータを使うことで、歴史的な位置付けを再考できるのではないか、という機運が高まっています。
——新しいデータや視点によって、研究が進展しているのですね。
そうした流れの中で、『家と共同性』という本が出版されました。この本で取り上げられていた「日本文化の地域類型調査」というものが、もう一つの重要なデータソースになりうると考えています。これは戦後間もなく、東京大学とアメリカの大学が連携して行った大規模なアンケート調査です。
——全国規模の調査ですか。
全国約3000の大字を対象にアンケートを配布して、明治時代の家や村の慣習を90項目について調査したものです。非常に貴重なデータなのですが、パソコンもない時代に行われたため、集計と報告に20年以上かかり、しかもデータは電算化されていません。ネットにも公開されておらず、アクセスが非常に難しい状況です。
——宝の山が眠っているような状態ですね。
都道府県単位で集計された研究はあるのですが、本来なら1000以上の地点でプロットできるはずです。ただ、当時の記録から現在のどの場所にあたるのかを特定するのも難しく、まだ十分に活用されていないのが現状です。このデータをどうにかして利用できないか、模索しているところです。
——その「日本文化の地域類型調査」のデータは、どのようにして入手されたのですか? アクセスが難しいとのことでしたが。
それが非常に大変でして。まず、一番近くで所蔵していたのが前橋の県立図書館だったので、そこまで行きました。いざ開いてみると、報告書は全て英語で書かれていて、しかも誤植も多いんです。アンケート結果も、回答のあった1113地点分、ひたすら数字の羅列で書かれているんです。
——英語で、さらに誤植まで…どうされたのですか。
OCRも利用して、全てのデータをスプレッドシートにまとめました。大字に関しては、昔の地図と見比べながら、現在のどの地域にあたるのかを特定していく作業でした。最近オープンデータになった大正時代までの行政界や、国勢調査の大字境界データなどが参考になりますが、これらはopen-hinajaというサイトに誰でも見やすい形で公開されています。また最近、幕末の農村の境界データを全国分作成された方がいて、こちらも大変役に立ちました。
しかも、入力し終えても、元のデータに誤植があるため、なかなか綺麗なデータにはなりません。この間も、誤植を修正するために大阪の国立民族学博物館(民博)まで行ったのですが、残念ながら目当ての資料は見つかりませんでした。
——想像を絶する作業ですね…。
それでも、点データとして地図上にプロットできる形にはなりました。これと、自分で整備した苗字データを組み合わせることで、何か新しいことが言えるのではないかと考えたのです。
——実際に組み合わせてみて、どのようなことがわかったのでしょうか。
色々な指標で試してみたのですが、最も強い相関が見られたのが、「村の成立年代」との関係でした。この調査では、それぞれの村がいつ頃できたのか(古代、中世、近世、近代)も記録されているのですが、これと苗字の集中度(HHI)を比べてみると、非常に強い相関が現れたのです。
——村の成立年代と苗字の集中度ですか。
はい。これは東日本・西日本といった地域差ではなく、全国的に見られる傾向でした。具体的には、中世に成立した村ほど苗字の集中度が高く、近世に成立した村ほど低い、という関係です。
——それはなぜだと考えられますか?
多くの文献で知られていることですが、例えば近畿地方などでは、中世に「宮座(みやざ)」という祭祀集団が形成され、古い家(家格の高い家)が中心となって共同体を維持してきた傾向があります。
こうした古い秩序が保たれているところほど、苗字も固定化され、集中度が高くなるのではないかと。こういうまとまりのことを近畿地方では「カブウチ」と呼ぶのですが、実際、同調査の別の質問項目をみると、カブウチという言葉が使われる村でHHIが有意に高くなっています。
逆に、近世に新田開発などでできた村は、色々な場所から人々が集まって形成されるため、歴史も浅く、水平的な繋がりが強くなります。北海道のような近代以降の開拓地でも苗字が多様化しますが、これと同じようなことが言えるのではないかと考えています。
——共同体の成り立ちそのものが、苗字の分布に色濃く反映されているのですね。こうした研究成果は、すでに発表されているのですか?
先日、学会で発表してきたところです。当日は大きな反響があったわけではありませんでしたが、後日、ある研究所の方から連絡があったんです。その方が、私の大学のツテを通じて連絡先を探してくれたようで…非常に遠回りな形で繋がりました。
その方は、まさに私が参照していた「日本文化の地域類型調査」の分析プロジェクトに部分的に関わっていた方で、ぜひとも勉強会にと誘っていただきました。私自身、歴史学などは門外漢なのでやはり専門家の方とも交流は持たないといけないと思っていたところで、まだ実現はしていませんが、大きな繋がりができたと思います。
——研究が新たな展開を見せそうですね。今後の展望としては、やはり本などにまとめていきたいとお考えですか?
そうですね。ここまでやってきたことを、何らかの形で世に出したいと思っています。まずは同人誌のような形でも、近い内に何か出せたらと考えています。進捗は牛歩に近いですが、成果を求められないのは個人研究のいいところですね。
アカデミックでないアプローチも重要だと思っていますが、同時に研究機関に属さずにどこまでやれるのか、ということは常々考えています。将来的には、学術的な成果として世に残せれば理想的ですね。
——楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました。
こちらこそありがとうございました!


