ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第二十二回となる今回のインタビューでは、ご自身のDJとしての経験を武器に、音楽と交流が渦巻くナイトクラブというフィールドへ分け入り、そこに集う人々の生の声をすくい取る、研究者の下川詩乃さんにお話を伺います。

数字の向こう側の人を求めて

——そのタイミングで、大学院進学という選択肢が視野に入ってきたのですね。

実は当時、税理士になろうとして1年ほど専門学校にも通っていたんです。でも、試験にあと一歩のところで落ちてしまって。その時に、このまま税理士を目指し続けるか、大学院に進学して研究の道に進むか、すごく迷いました。ちょうど大学院入試の時期も迫っていて、ここで決めなければ、と。最終的に、研究者の道を選びました。

——これまで推薦で進学されてきた中で、大学院入試は初めてご自身の力で道を切り拓く経験だったのでは?

まさにそうです。受験を経験したことがないのが、自分の中である種のコンプレックスになっていたので、大学院入試を乗り越えられたことは大きな自信になりました。商学部とは全く違う分野でしたから、泣きながら勉強しましたけど。

——大学院では、社会心理学の道へ進まれた。

はい。関西学院大学の清水裕士先生という、心理統計ソフトを開発されたことでも有名な先生の研究室に入りました。先生の書かれた統計学の本がすごく分かりやすくて、「こんな本が書ける人は、きっと良い人に違いない」と思って(笑)。実際にオープン講座に参加してみたら、すごく気さくで面白い関西人の先生で、「この人なら間違いない」と直感しました。

——実際に入ってみて、いかがでしたか。

研究室訪問の際に、先生が「ここに入れば、最先端の社会心理学を見せてあげられるよ」と言ってくださったのが忘れられません。その言葉に痺れて、入学を決めました。ですが……実は、入学する前から少し迷いがあって。

——と、言いますと?

大学院の入試を終えてから入学までの間に、色々な本を読んでいたのですが、一番面白いと感じたのが社会学や思想系の本だったんです。「あれ、もしかしたらこっちの方が面白いかも」という気持ちを内に秘めたまま、修士課程がスタートしました。

——入学早々、新たな葛藤があったのですね。

ええ。修士1年の夏には、自分で「マルクス研究会」という共同研究班を立ち上げました。大学の制度で、学生が主体となって他大学から先生を呼んで研究会を開くことができたんです。そこで社会学の先輩たちと交流するうちに、ますますそちらへの興味が深まっていきました。

——ご自身の専門である社会心理学の勉強との両立は大変だったのでは。

毎週、ゼミで「ウィークリーレポート」という、その週に学んだことを報告する課題があったのですが、私のレポートは毎週「マルクスを読みました」みたいな内容ばかりで(笑)。周りからは「またマルクス読んでる」なんていじられていましたが、指導教員の清水先生は「社会心理学者こそマルクスを読むべきだ」と、私の興味を尊重してくれて、本当にのびのびとやらせてもらえました。

——素晴らしい先生ですね。

本当に。転機が訪れたのは、修士2年に上がる直前、学振の申請書を準備していた時です。研究計画を練って先生に相談に行ったところ、「下川さん、社会心理学をやっていて本当に楽しい?」と聞かれたんです。

——核心を突く一言ですね。

はい。先生は、私の気持ちをすべてお見通しでした。このまま博士課程に進むなら、もっと社会心理学に本気で取り組まなければならない。その問いを突きつけられて、一ヶ月ほど悩み抜いた末に、「やっぱり社会学に移ろうと思います」と伝えました。すると先生は、「絶対に楽しい方に行った方がいいよ」と背中を押してくれて、私がスムーズに社会学の研究室に移れるよう、あらゆる手続きをしてくださいました。

最終回は今の研究について伺います。