ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第四十七回となる今回のインタビューでは、高等専修学校での実践を経て、排除される若者の「生」を追う教育学者、尾河勇太さんにお話を伺います。
現場のリアリティと限界
——大学卒業後、一度は就職の道を選ばれ、高等専修学校に赴任されました。そこはどのような場所だったのでしょうか。
文部科学省の定義によれば、高等専修学校は「中卒者を対象に、実践的な職業教育を行う場所」とされています。しかし、実際に現場に入って目にしたのは、その建前とはかけ離れた、もっと複雑で切実なリアリティでした。
——赴任された2020年は、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大が始まった年でしたね。
ええ、まさにコロナ禍でした。4月に着任した直後から一斉休校となり、私は教師としての第一歩を、教室ではなく生徒たちの「家庭」を回ることから始めることになったんです。学校からは「担当クラスの全生徒の家を訪問しろ」と命じられました。
——全生徒の家庭訪問とは、相当な負担ですね。
しかし、その経験が私の目を決定的に開かせました。家庭訪問で目にするのは、複雑な家庭環境、そして「普通高校」というメインストリームから、ある種の【不本意】さを抱えながらこぼれ落ちてきた子供たちの姿でした。制度上の「職業教育」という言葉だけでは、彼らの置かれた状況の半分も説明できない。
——生徒たちとの関係構築も、一筋縄ではいかなかったのではないですか。
彼らは、大人の建前や「正しさ」を見抜く天才です。時には教師に対して、過激な下ネタをぶつけたり、攻撃的な態度を取ったりして、相手が自分たちの文化圏に歩み寄ってくるかどうかを試す「試し行動」を取る。これに対して、教職課程で学んだような「適切な指導」を機械的に適用すれば、即座に信頼関係は崩壊し、深刻な分断が生まれます。
——教科書通りの理論が通用しない、まさに「戦場」のような現場だったのですね。
はい。そんな過酷な環境にありながら、不思議な現象が起きていました。これほど多くの課題を抱えた生徒たちが、卒業時にはほぼ全員が「進路決定」をしていくんです。未決定者は学年で1人か2人程度。この驚異的な数字を支えていたのは、教師たちの執念とも言える出口保障の意識でした。
——「出口保障」ですか。
「ここで進路を決めてあげなければ、この子たちは二度と社会に戻れないかもしれない」という強い危機感です。教師たちは、彼らの文化に同調し、寄り添い、時には制度の隙間を縫うようにして、進路という名の「居場所」を無理やりにでも作り出していく。しかし、その手厚い保護から一歩外に出た時、残酷な現実が待ち構えていたんです。
——卒業後の現実とは、どのようなものだったのでしょうか。
せっかく決まった就職先を、ゴールデンウィークも待たずに辞めてしまう。あるいは大学に進学しても、数ヶ月で中退してしまう。そんな卒業生たちの報告が、次々と届くようになりました。学校という閉鎖的で、ある種「温室」のような環境下で、教師たちの並外れた努力によって維持されていた「進路」という幻想が、一般社会の容赦ない規範に触れた瞬間に、あっけなく崩壊してしまう。
——私たちが必死に支えてきたものは、一体何だったのか。そう思わざるを得ませんね。
まさに、その虚脱感こそが、私を再びアカデミズムの世界へと引き戻す原動力となりました。現場の一教師として個別の生徒を救おうとすることには限界がある。この構造的な問題を解明し、社会に還元するためには、より広範な視座を持った研究が必要だ。そう確信し、仕事が終わった夜の11時から受験勉強を始め、大阪大学大学院の門を叩きました。
最後は研究者としての決意を伺います。




