ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第五十一回となる今回のインタビューでは、東アジアの暦制度と権力の関係を軸に、江戸時代の暦の取り締まりや陰陽師の史料研究に取り組む博士課程研究者であり、広告営業の社会人経験を持つ異色の経歴の持ち主、小田島梨乃さんにお話を伺います。

「時間」を支配することは、権力を握ること——冊封体制から江戸の判例集まで

――「権力」と「暦」がどう結びつくのですかと、よく訊かれませんか? 読者のために、ぜひ解説をお願いします。

例えば、かつての東アジアには冊封(さくほう)体制というシステムがありました。「朝貢貿易」という用語を思い出す人も多いかもしれませんね。 中国の皇帝は、自らに従う周辺諸国の王に対し、自分が作った暦を使うことを命じました。諸国の王は、中国の暦を受け取ることで、「私はあなたの臣下です」という忠誠を示したわけです。

——「時間」の基準を共有することが、支配する・される関係性と直接結びついていたのですね。

そうです。もし暦が現実の天体の動きとズレてしまったら、それは「天が皇帝を見放した(天命が尽きた)」と解釈され、革命の口実になりかねない。だからこそ、権力者は常に最新の天文観測を行って、最も精緻な暦を独占し続けなければならなかったのです。

という説明をいつもはしていたのですが、最近は、漫画『チ。―地球の運動について―』のおかげで、ずいぶん説明が楽になったんですよ。

――漫画もアニメも人気ですもんね。どんな影響があったのでしょうか。

「例えば『チ。』には、天文学の研究と、政治権力との関係性が描かれていますよね」と説明すると、「あ~確かに!」とわかっていただけることが増えました。もっとも、『チ。』のメインテーマは「命をなげうってでも知りたいことがある」という情熱や狂気だと思いますが、私はその境地には到達できない気がします(笑)。

——駒場に進学し、具体的にどのように「暦」というテーマを絞り込んでいったのですか。

暦の研究をやりたいと思っても、ぴったりの専門の先生はなかなかいないものです。でも、どうしても諦めきれず、サーチを続けていたら、新聞のコラムで「大小暦(だいしょうごよみ)」【※月の大小(30日あるか29日あるか)を判じ絵などのクイズ形式で記した絵暦】について書いている先生を見つけたんです。私はその記事を読み、「この先生にお話を伺いたい」と強く思いました。

——そこでも、また一人で動かれたのですか。

はい。その先生が主催している「暦の会」の住所あてに、直筆の手紙を書きました。「私はこういうことに興味がある学生です、お話を伺いたいので、に行ってみてもいいでしょうか」と。

コラムにメールアドレスが載っていなかったので、それしか方法がなかったんです(笑)。でも、その一通の手紙から縁が繋がり、暦を専門とする先生方にお会いすることができました。私の学部時代の卒論のテーマは「暦の取り締まりに関する裁判史料」です。江戸時代、暦の出版は幕府の独占事業で、幕府の許可なく勝手に暦を作って売ることは「違法」でした。私は、駒場図書館の地下に潜り、ひたすら町奉行所の判例全集を読み込みました。

——判例集を読み込む作業というのは、かなり根気がいるのでは?

いえ、これが最高に面白いんですよ!実は私、判例集を読むのが大好きなんです。大学の図書館で、新着図書の中に判例集を見つけては熟読するような学生でした。江戸の町奉行たちは本当に頭がいいんです。訴訟の記録を読んでいると、複数の訴状に対して奉行が「ここ、ロジックがおかしいよね。次はこの裏付けを持ってきて」と厳しく突っ込んでいる。

——奉行たちの名裁きを追体験できるわけですか。

そうです。「マジで頭いいな、この人たち!」と思いながら、ひたすら翻刻(ほんこく)を続けました。資料の上で、200年前の人間たちが「時間という利権」を巡って火花を散らしている。その臨場感も込みで、史料を読み解くのはとても楽しかったですね。

最後は仕事と研究の往復について伺います。