——少し時間を遡らせてください。研究者の方にお話を聞く際、幼少期の興味が後々の研究に繋がっている方もいれば、全く関係ない道に進む方もいて、その距離感が面白いと感じています。松尾さんはどちらのタイプでしょうか。
私の場合、かなり離れていると思います。というのも、中高生の頃に取り組んでいたのは地学、つまり地球科学でしたから。
——地学ですか!それは意外です。岩石や火山、あるいは天文といった分野でしょうか。
おっしゃる通り、特に固体地球分野に関心がありました。今でも趣味として細々と続けています。
——そこから文系に進まれたのは、どのような経緯だったのでしょうか。
高校2年生の文理選択で、文系を選びました。地学は趣味で続けよう、と。その頃には、国際関係の仕事に携わりたいという気持ちが何となく芽生えていました。一方で、鉱物への探求心はありましたが、自分がそれを研究の対象として突き詰めていく未来が、当時はイメージできなかった、というのも正直なところです。
——「なんだかんだ国際関係に興味があった」というお話でしたが、その興味はどのように育まれたのでしょう。多くの読者、特に自分の興味が何かわからないと感じている中高生にとって、その「なんだかんだ」の中身はとても不思議に見えるかもしれません。
なぜかと問われると、明確な答えを出すのは難しいですね。親に連れられて海外旅行をした経験はありますが、家族でバックパック旅行をした、という程の特別な体験ではありません。ただ、言語を学ぶのは好きで、中国語も中学生の頃から学び始めていました。自分の知らない世界への好奇心が根底にあったのかもしれません。
今振り返って、今の研究につながる原点と言えるかもしれない経験が一つあります。高校3年生の時にアルゼンチンを訪れたのですが、首都のブエノスアイレスで「ウルグアイはこちら」と隣国の首都を指し示す道路標識を見かけたのです。
——日本ではまず見かけない光景ですね。
そうなんです。日本では、陸路で国境を越えるという経験を得られないので、非常に新鮮な驚きがありました。「あの道の先には何があるんだろう」と、陸の国境の向こう側を強く意識した瞬間でした。
大学に入ってからは時間的にも自由になり、お金を貯めて、海外へバックパック旅行に出かけるようになりました。実際に自分の足で陸路国境を越える経験を重ねるにつれて、陸路国境への興味はどんどん深まっていきましたね。
——特に印象に残っている国境での体験はありますか?
色々ありますが、クルグズスタン(キルギス)から中国へ抜ける国境では、国境のチェックポイント間を移動する公共交通機関がありませんでした。国境というのは理念上、一本の「線」ですが、両国のチェックポイントが隣接しているわけではなく、かなり離れていることも珍しくありません。その間は一種の無人地帯になっていて、そこをどう移動するかがバックパッカーにとっては切実な問題になります。Lonely Planetというバックパッカー必携本では、その7kmの移動はトラックのヒッチハイクをするというようなことが書かれていました。行く前は本当かなと思ったら、荷物を背負って歩くには距離が少し長すぎるので、やっぱりそれしかないんですよね。行ってみて実感する、国境の「面」としての側面です。
——線ではなく、面としての国境。非常に面白いです。
まさにそうです。一方で、クルグズスタンから国境を越えて中国側に入っても、そこに住んでいるのは同じクルグズ人(中国では柯爾克孜(クルグズ)族族と呼ばれています)で、彼らはクルグズ語を話します。国境線というものの相対性を肌で感じた経験でした。
次回は研究者への道について伺います。


