ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第二十五回となる今回のインタビューでは、ご自身の歩みを社会史研究へと昇華させる実践的なアプローチで、ジェンダーや災害の問題に新たな視座を提示する、研究者の前川直哉さんにお話を伺います。
福島で問い直す社会の構造
——灘校で教鞭をとりながら研究を続ける中で、大きな転機が訪れたそうですね。
2011年3月11日に東日本大震災と、それに続く原発事故が起きました。私自身も阪神・淡路大震災の被災者ですが、それ以上に原発事故は衝撃的でした。
全国のどの原発で事故が起きても、自分が当時住んでいた兵庫県の阪神間が直接的に大きな被害を受けることはない。原発は、近畿地方には一つもありませんから。その事実に気づいたとき、「中央」と「周縁」の非対称性をまざまざと見せつけられた気がしました。
——リスクを特定の地域に押し付ける構造。言われてみれば確かにそうですね。
かつて水俣病の著名な研究者が「差別のあるところに公害が起きる」と看破しましたが、まさにその通りでした。公害は、東京のような中心部では起こらないか、起きてもすぐに対策がなされる。周縁化された場所だからこそ、リスクが押し付けられ、問題が放置される。昭和の公害問題と全く同じ構造が、繰り返されていることに愕然としました。
そして、この「中央と周縁」という構造は、ジェンダーやセクシュアリティの問題と全く同じだと気づいたんです。
——どういうことでしょうか。
男性であること、あるいはシスジェンダー[1]生まれた時に割り当てられた性と性自認が一致する人やヘテロセクシュアル[2]異性愛者であるというマジョリティの特権に、当事者はなかなか気づけません。彼らは「中央」にいるからです。一方で、マイノリティは常に自らの立場を意識させられる。この構造が、原発が地方に押し付けられる問題と地続きに見えたのです。
——その発見が、先生を福島へと向かわせたのですね。
自分のセクシュアリティを変えることはできませんが、住む場所は変えられます。そして、灘校で日本史を教えること自体に、強い違和感を覚えるようになりました。灘校は、まさに「中央」を再生産する場所です。生徒の多くは、日本の社会の中枢へと進んでいく。そして私が教える日本史という科目は、どうしても東京や京都を中心とした歴史にならざるを得ない。富山や東北の歴史が教科書で大きく扱われることはほとんどありません。それは、生徒たちに無意識のうちに「中央が上で、周縁は下だ」という価値観を植え付けることになります。
「中央」の学校で、「中央」の歴史を教え、マジョリティである男子生徒を「中央」へと送り出す。この行為は、まさに「中央と周縁」の非対称性を再生産することそのものではないか。そんなことを考えるようになったのです。
——それで、福島に移住するという大きな決断をされた。
教え子たちが卒業するタイミングが、6年間の担任生活の区切りでもありました。この機を逃せば、また6年間は動けない。そう思い、2014年の春に退職し、福島に移住しました。最初は何のあてもなく、NPOを立ち上げて活動を始めたんです。
——拠点を福島に移されたことで、研究にはどのような変化がありましたか。
福島に来て見えてきたのは、「地方」と「地元」の違いです。性的マイノリティの活動について調査すると、「地方は閉鎖的だから活動しづらい」と一括りにされがちですが、問題はもっと複雑です。壁になるのは「地方」という漠然としたものではなく、親戚や家族、小中学校の同級生といった具体的な人間関係が存在する「地元」なんです。
——「地元」ですか。
例えば、パレードに参加して地元の新聞やテレビに映ってしまったら、顔を知っている誰かに見られるかもしれない。その恐れが、当事者を萎縮させます。だから、福島出身の人が、福島では活動できなくても、隣の県なら活動できる、といったことが起こる。地元を離れさえすれば、比較的のびのびと活動できるわけです。
——なるほど。「地元」かそうでないかで、活動のしやすさが大違いですね。
そう考えると、なぜ東京で性的マイノリティの活動が盛んなのかも見えてきます。東京には、全国から「地元」を離れてやってきた人々が大勢いるからです。彼らが東京という場所で、ある種の自由を得て活動している。決して、東京という都市が本質的に寛容だから、という単純な話ではないのです。
——「地方か都市か」という二元論では捉えきれない、様々な原因からくる、複層的な問題なのですね。
そうです。差別や抑圧は、単一の要因で起こるわけではありません。
ジェンダー研究で重視されるインターセクショナリティ(交差性)の考え方にも、通ずるところがあるでしょう。例えば、男性同性愛者は、同性愛者という意味ではマイノリティですが、男性であるという点ではマジョリティの特権を持っている。一つの属性だけで人を判断するのではなく、様々な要素がどのように絡み合い、その人の経験を形作っているのかを見ていく必要があります。
周縁から中央を問い直す。福島という場所は、私にその視点を与え続けてくれています。
——本日は、先生ご自身の歩みと研究が分かちがたく結びついていることがよく分かりました。貴重なお話をありがとうございました。
こちらこそありがとうございました!

