ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第二十五回となる今回のインタビューでは、ご自身の歩みを社会史研究へと昇華させる実践的なアプローチで、ジェンダーや災害の問題に新たな視座を提示する、研究者の前川直哉さんにお話を伺います。

葛藤の先にあったジェンダー研究との出会い

——先ほど、東大にはあまり馴染めなかったというお話がありました。一方で、地方出身の私から見ると、首都圏の有名進学校と同じように、灘高校もまた「特権的で有利な立場にいるマジョリティ」の象徴のように見えていました。

おっしゃる通りです。大学に入れば、一つの高校から来た同級生が何十人もいるというのは、明らかに特権です。当時の私は、その特権に無自覚だったでしょうし、だからこそ、どこか浮ついたことを言っていたのかもしれません。

——そのマジョリティとしての立場への自覚は、後の研究にどう繋がっていったのでしょうか。

大学時代は、自分の中の矛盾や葛藤が一番大きかった時期かもしれません。高校3年生の時に阪神・淡路大震災を経験したことや、自分自身が性的マイノリティであることへのモヤモヤも重なって、一時期は希死念慮が強かったこともあります。

——大きな出来事が重なったのですね。

大学入学直後の新歓コンパでの出来事も、心に引っかかっています。私が兵庫から来たと話すと、当然、震災の話になります。すると、同級生の一人が「灘校って兵庫じゃん。震災で被害を受けたって聞いて、正直、チャンスだと思った部分あったんだよね」と言ったんです。

——あまりに心ない言葉ですね……。

どういう意図だったかは分かりませんが、そういう人間もいるのだな、と。そんな経験も積み重なり、「つまらないところに来てしまった」という思いが強くなっていきました。大学にはあまり行かず、塾講師のアルバイトにのめり込むようになりました。

——教えるということに、活路を見出された。

当時は、自分が生きている意味を見出せないほど追い詰められていました。大学2年生の頃だったと思います。アルバイト先の塾でぼんやりしていたら、中学2年生の生徒が「先生、どうしたの? しんどそうだから、マシュマロあげるよ」と声をかけてくれたんです。よほど疲れた顔をしていたんでしょうね。「先生の授業、分かりやすくて好きだよ」とも励ましてくれました。

その言葉に救われました。自分のためだけに生きるのはしんどいけれど、自分の授業が少しでも誰かの役に立つなら、それだけで生きる価値はあるんじゃないか、と。目の前にいる生徒たちのため、待ってくれている生徒たちのためなら、自分は頑張れる。そう思えたことで、教育の道により深く進んでいくことになりました。

——大学卒業後は、すぐに研究の道に進まれたのですか?

いえ、一度その塾に正社員として就職しました。就職氷河期の真っ只中でしたし、私自身、就職活動を全くしていなかったので。ですが、あまりにハードワークすぎたこともあり、4年で退職しました。

その後、家族の事情もあって関西に戻り、通信制大学で教員免許を取得しました。時間が有り余っていたので、ひたすら本を読んで過ごす中で、ジェンダーに関する本と出会ったんです。

——それが、ジェンダー研究への入り口だったのですね。

自分は性的マイノリティとして、社会から抑圧されている側だという意識がありました。しかし、ジェンダーの本を読んで、自分が「男性」というマジョリティであり、非常に恵まれた立場にいることに初めて気づかされたんです。マジョリティは、自らの特権に気づかない。その事実に衝撃を受けました。

——その気づきは、どのように研究へと繋がったのでしょうか。

インターネット上でもジェンダーに関する議論に参加したりして、さらに学びが深まっていきました。もっと専門的に学びたいと思うようになり、様々な研究書を読む中で、とても面白い本と出会いました。その著者がたまたま京都大学大学院の先生だったので、「この人のもとで学びたい」と大学院を受験することにしたんです。

——そして大学院では、男性同性愛の歴史を研究テーマにされた。

はい。修士論文では、明治時代の男性同性愛について研究しました。それが最初の単著『男の絆』のベースになっています。そして、博士課程に在籍しながら、母校である灘校で教員として働き始めました。当時、中学生だった原田さん(インタビュアーの1人)を教えたりもしていましたね。

——教員として現場に立つことと、ご自身の研究との間には、どのような影響がありましたか。

研究で得た知見が、授業に活かされることはわりとすぐにできます。ただ、逆に授業での気づきが研究に結びつくまでには、少し時間がかかるんです。振り返ってみて、「ああ、あの時の生徒の反応は、研究で扱っているこの概念で説明できるな」と、後から繋がることが多い。どうも私は、物事の理解に時間がかかる、鈍いタイプのようです(笑)。

最終回は今の取組について伺います。