ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第十五回となる今回のインタビューでは、ペルシア語史料の読解を軸にモンゴル帝国史を研究し、天文学や気候学など分野を越境した学際的なアプローチで注目される歴史学者の諫早庸一先生にお話を伺います。

分野を越境し、「環境史」という新境地へ

—— 自分だけの武器を見つけ、博士論文を完成させたわけですね。その後はどんなキャリアを?

博士論文を提出した後は、就職活動です。ちょうどその頃、イスラエルのヘブライ大学で、モンゴル帝国の文化交流に関する大きな国際プロジェクトが動いていました。私はそのプロジェクトにポスドク(博士研究員)として参加することになったんです。ペルシア語史料を読む担当として呼ばれました。

—— イスラエルでのお仕事はいかがでしたか?

プロジェクトでは、モンゴル帝国時代の人物に関するあらゆる史料情報を集めてデータベース化するという、非常に野心的な作業に取り組みました。5年間のプロジェクトでしたが、目標が壮大すぎて完成には至りませんでした。しかし、私は膨大なデータが入力されたデータベースへのアクセス権を持った状態で、日本に帰ってくることができたんです。そのデータベースを使ってどんな研究を進めようかと考えたとき、「環境史だ!」と思ったんです。

—— 環境史、ですか。また新しい分野ですね。

はい。これはいくつかのきっかけが重なりました。一つは、日本で天文学や気候学の先生方と議論する学際的な研究プロジェクトに参加した経験です。もう一つは、先ほどのデータベースです。「寒い」「旱魃」「病気」といったキーワードで検索すれば、モンゴル帝国中の関連データがバーッと出てくる。これは使える、と。

もともと天文学(暦)を扱っていたので、理系の研究者と話すことには比較的慣れていました。気候学の先生方に「十四世紀頃は気候変動が大きくて面白い時代だよ。一緒にやろう」と声をかけていただき、最終的に今私が取り組んでいるような、中世の温暖期から近世の小氷期へと移り変わる時代の研究へと至ったわけです。

—— これまでの全ての経験が、今の研究に繋がっているのですね。

本当にそう思います。偶然が偶然を呼んでここまで来ましたが、そういう人間を受け入れてくれる土壌があったことに感謝しています。

最後に、留学経験で自分の中の「当たり前」がいかに偏っていたかを痛感した話をさせてください。イランに着いたばかりの頃、公衆電話の使い方がわからず、近くにいたお兄さんに電話番号を書いた紙を見せて助けを求めました。すると彼は、電話機をガチャガチャといじった後、私の紙を投げ返してどこかへ行ってしまったんです。

—— ええっ!? 何だったんでしょう?

「なんて失礼な人だ!」と最初は怒りました。でも、後で思い至ったんです。「あの人、文字が読めなかったんじゃないか?」と。イランには当時、識字が十分でない人も普通にいました。でも私たちは、人に話しかける時、「この人は文字が読めるだろうか?」なんて考えませんよね。そういう、自分の中の固定観念や想像力の欠如を、留学を通じて痛感させられました。前提を何度も覆されながら、自分なりの学び方をサバイバル的に身につけてきたのかもしれません。

—— 壮大なお話でした。数々の偶然が必然に変わっていくような、本当に面白い旅ですね。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。