ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第四十九回となる今回のインタビューでは、関西学院大学大学院で社会学を専攻し、システムの設計(アーキテクチャ)とそこから零れ落ちる身体的抵抗の関係を鋭く考察する、XXさんにお話を伺います。

社会をリバースエンジニアリングする

——「正しさの外部」を知ったことで、独学の時期を経て、大学編入を決意されたのですね。

センター試験(現・共通テスト)を受ける準備は全くありませんでしたが、幸い高専から大学への『編入試験』というルートがあることは知っていました。大阪にある編入専門の予備校に通い、1年間は死に物狂いで英語を叩き込みました。

ただ、実は最初から社会学を志していたわけではないんです。2年目に専門領域を選ぶ際、選んだ基準は『どの科目が自分に合っているか』ではなく、『どの先生が一番厳しいか』という評判でした。最もタフで厳しいと噂されていた教員のクラスが、たまたま社会学だった。ある種、自分を追い込むための偶然の選択でしたが、結果としてそれが『世界を解体し、再構築する』という私の内発的な関心に、これ以上ないほど合致していたんです。

——「社会をリバースエンジニアリングする」というわけですね。

まさにそうです。その後、編入先として北九州市立大学を選んだのは、非常に現実的な「戦略」と「制約」の結果でした。当時のわが家の金銭的事情では、私立大学への進学という選択肢は最初から存在しませんでした。国公立であり、かつ編入を受け入れている、限られた選択肢の中での決断です。

しかし、その北九州市立大学での学びは、エンジニアリングの世界にいた私にとって非常に新鮮で、刺激的なものでした。そこは単に社会学を修めるだけでなく、人類学や心理学も地続きに存在しており、幅広く人文学を学べる環境でした。ゴリゴリの技術体系の中にいた自分が、そうした文学的・人文的な空気感に浸る中で、これまで抱えていた言語化できない問題意識が、ようやく学問的な言葉として整理されていったんです。

——学部時代の卒業論文では、ライブ配信プラットフォームのSHOWROOMを題材にされています。これも非常に現代的な着眼点です。

SHOWROOMという空間が、いかにしてユーザーの行動を規定しているのか。その「設計の暴力性」と、そこからの「逸脱」を分析しました。このプラットフォームには、毎日配信しなければランキングが下がる仕組みや、視聴者の滞在時間が視覚化されるシステムなど、徹底したアーキテクチャ(設計思想)が存在します。それは一見すると、ユーザーの熱量を集金へと繋げるための冷徹なマシーンです。

——ユーザーがシステムに踊らされている、という見方もできます。

しかし、私が注目したのはその裏側です。社会学者ゲオルク・ジンメルは、人間関係における「闘争」が、実は高度な結合を生むと説きました。ランキングを競い合い、互いに投げ銭を競うという「闘争」のルールを共有することで、ファン同士の間に、設計者の意図を超えた強固な「横の繋がり」が生まれていたんです。システムという「正しさ」に組み込まれながらも、その隙間で人間はいかにして自分たちの場所を作り上げるのか。それは、かつて私がネットの深淵に見た自由とどこか通底していました。

——その後、関西学院大学の大学院へと進まれ、鈴木謙介先生に師事されます。

鈴木先生を選んだのは、実はかなり個人的な理由もありました。先生がかつてニコニコ動画などの初期ネット文化の中で、ボーカロイドを用いた先進的な活動をされていたことを知っていたんです。今の洗練された論客としての姿だけでなく、かつての「オタク的で尖った」活動に惹かれていました。面談でその話をしたら「そんな古いことを知っているのはお前くらいだ」と苦笑いされましたが(笑)。

——しかし、大学院という「知の最高峰」の場所でも、XXさんは違和感を覚え始めたと。

そうです。学会などで目にする「研究者」という人種の多くが、あまりにも綺麗なレールの上を歩んできたエリートであることに愕然としました。彼らの語る社会の課題や倫理が、私と一緒に泥にまみれて働いていた中卒の友達のリアリティと、あまりに乖離している。この「噛み合わなさ」に絶望を感じ、一時は社会学から離れようとさえ思いました。私は、綺麗な正論で世界を塗りつぶすのではなく、もっと「正しくない」とされる現場の言葉に寄り添いたいのだと。

最後は彼の取り組みについて伺います。